知人 : 「KKさん、誰か良いお客さん紹介してもらえないかな?」
僕 : 「良いお客さんって?」
知人 : 「最近小口ばかりで大口掴めないんだよね。」
僕 : 「そうなんだ。でも僕も良いお客さんには良い業者しか紹介できないから。」
知人 : 「はぁ?」
僕 : 「大口が良いお客さんということは小口は君にとって悪いお客さんってことでしょ?」
僕は話をしながら自分の起業した当時を思い出していました(笑)
当時、5年前、起業したての僕は、初めて知る庇護の無い社会での手痛い洗礼を受けることがしばしばありました。


一見で営業に行けば、冷たくされるのは当たり前で、会話どころか挨拶すらまともにさせてもらえないのが普通でした

それどころか人を物乞いか何かと見間違えているのか、有り得ない様な傲慢な条件を叩きつけられることなどしょっちゅうでした

お客様にお会いして、弊社のビジネスを伝えている時でも、顔は、”この若造は俺になんの話を持ってきたんだ!!”出来たばかりの企業とは付き合う気は無い!!というような感じです

しかし、サラリーマン時代の経験から、極一部のお客様との営業の接客の中でそのような対応からのスタートであっても、後に理解し合えたり、良き付き合いが始まる可能性が十分にあることを知っていました。
そして何よりそういったお客様ばかりではなく、初めから先入観なく私の話に聞き入ってくれるお客様もいることを知っていたので、起業してからそのような目にあっても、然程そのような事を苦に思ったことはありませんでした。
というよりも僕にとって相手がどういったお客様でも大切であり、初心として「出会う人全てがお客様である」というように考えていました。
ただ、気を付けていた事は、初見でどのような態度や条件の提示を受けようとも決して媚びない事と、本来自分の持つ価値観を決して裏切らないこと、それに常に理想のお客様との人間関係のイメージを持ち続け、それを大切にすることだけは心がけていました。
それにそういったハードルが高ければ高いほど挑戦し甲斐があるようにも感じていました

誰もが味わうハードルの高さならクリアー出来なければ生き残れないし、何より熱くなれるのが良いと感じていたのです

精神的にも物理的にも、良いことも悪いことも、全て自分に帰属される仕事は僕にとって非常に刺激的で、本当に毎日が充実していました。
小さな仕事にも大きな仕事にもドラマがあります

これは、サラリーマン時代にもそう感じていました。人が何かを決意する。例えば僕が提案した商品を買うと決めることです。
それには商品の金額の大小に関わらずドラマがあり、そのドラマを一当事者として生で味わうことが、当時も今もなによりの快感なのだと感じています。
そのような話を、知人である彼にストレートに伝えました。
僕の考えが正しいか間違っているか、また彼がどれだけ私の言葉を理解したかわかりませんが、僕にとって何よりも大切なお客様との人間関係を共有するのであれば、少なくとも今彼が抱えているお客様の価値を再認識してもらいたいものだと思ったのです。
どんな物事でも、仕事の規模においても、小さい、大きいで判断している人には、大きなチャンスや成長は無いと思ってます。
起業した当時は確かに辛かったです。ですが本当の価値、自分を安売りする事、媚びる事なく、自分を伝えていけばわかってくれます。
今思えば、、、ノートパソコン片手に仲間と走り回り、1ヶ月で靴がダメになる事も当たり前の日々でしたが、生きてきた人生の中で一番の充実感を感じていたのもこの時かもしれません
