タクティクスオウガ本編を続きモノの小説でご紹介しています。

前回のお話

http://ameblo.jp/k-lh/entry-10815487598.html



【第五回】


「恨み? それは穏やかではないな」

笑い含みに返す言葉は

あくまで飄々としている。

二人の騎士の陰に隠れ、

その姿はまだよく見えない。


それにしても、

これが仇敵の声だというのだろうか。

堂々とした膨らみを決して忘れることのない、

落ち着いた大人の響きだ。

この声の持ち主が

はたして本当に町を虐殺の炎に投じたのだろうか。


反射的に、デニムとカチュアは目配せを交わす。

伝え合った中身の、ほとんどが困惑だった。


毎晩うなされる悪夢のなかで、

『ランスロット』とは何度も出会っている。

姿かたちを変えながらも

常に彼はまがまがしい哄笑をあげ

圧倒的な悪として全てを破壊し君臨していた。


にもかかわらず、どうだ。

実際のランスロットときたら、

さわやかな風さえ連想させる笑い声をあげて、

あくまでも清々しい。

「君に恨みを持つわけがない。

信頼しているのだ、カノープス

そんな言い方をして、

二人の騎士の間を割って前へとすっと進み出た。


──本当に、この人が?


張り出した頬骨の辺りに

やや武骨な印象を残す以外は、

一見して柔和で穏やかな雰囲気である。

少なくとも、まがまがしい哄笑とは無縁だろう。

理性でしかと手綱をとる人間特有の

透明感を身にまとい、

いかにも騎士然とした男ではないか。


憎悪にまかせ、

肥大化させていた自分の想像に

気勢をそがれる格好だった。

静かな混乱を呼び起こされて、

どうすればいいのかわからず、

手のひらを服にこすりつける。

汗をかいている場合では、だから、ないというのに。

しっかりしなければ。


狼狽して目を泳がせるデニムとは対照的に、

カノープスは芝居っ気たっぷりに

腰に両手を当てたりして、

なんとも呑気なものだった。

「信頼? 信頼ってのはなんだ。

一斉に相手を罵ることだったか? おい」

「そう疑ってくれるな、カノープス。

私たちは皆、心底君を信じ、頼りにしているぞ。

その証拠に、いきなり声を高くして不満をこぼしだした理由を

皆、ちゃんと察している」

「お前なあ」

「警戒の合図だったのだろう?」


え。

言葉の意味を理解するより先に、震えが走る。


つまり、僕らの存在が見抜かれているということなのか?


デニムの横では、カチュアが自分の口を押さえていた。

しかし、こちらの危機感など一顧だにせず、

会話はあくまでとぼけた調子で続けられる。


「だーかーらー。

ったく、それを言っちまったら台無しだろうが」

「そんなことはないぞ。おかげで準備ができた。

そうだろう。ギルダス、ミルディン」

騎士二人もうなずく。

ランスロットの言葉通り、

彼らはいつの間にやら、ちゃんと剣を構えている。

「加えて人数も少ないと見た」

「おいおいおい。

その冷静さにオレは問いたいね。

本当はお前の方が

先に気づいていたんじゃないか?」

ランスロットは返答代わりに苦笑を浮かべてみせる。


「さあ。聞こえているだろう? おそらくは三人か。

我らに用というのなら、その理由を聴かせてくれ。

──出てきなさい」


どうしよう。

デニムが決めかねている間にも

向かい路地から地面を蹴りあげ

飛び出してきた人物がいた。


──ヴァイス!


デニムも慌てて後に続く。

しかし、それはもはや襲撃のためではなかった。

ヴァイスを庇うためである。


やつらだって油断してるさ。

この襲撃に際して、

姉を説得するために

デニムはそんな理屈を押しとおしていた。

しかし、これではもはや、奇襲でもなんでもない。

ヴァイスが、ヴァイスが、殺されてしまう。


有翼人カノープスが槍を構える。

金属と金属のぶつかり合う、

耳をつんざく音が鳴り響き、

次の瞬間にヴァイスは弾き飛ばされ

尻もちをついていた。

デニムはとっさに、

カノープスとヴァイスの間に割り込んで

庇うように両手を広げた。


わずかに目を瞠り、

ランスロットは問いかけてくる。

「きみたちは何者だ?」


ちるちる。

動じぬ態度に、デニムはうち震えた。

ああ、勝てない。

興奮するままに復讐を決意し、

姉を巻き込むことさえ躊躇わず

なんて浅はかだったのだろう。