わが国では、科学技術の中長期的な発展を予測して科学技術政策に活かすため、長年にわたりデルファイ調査が行われてきました。1971年よりほぼ5年ごとに実施され、2003年の第8回調査の結果は第3期科学技術基本計画に反映されました。この基本計画に入っているからといって予算がつくわけでもありませんが、入っていない研究開発計画に予算は絶対つきませんから、いわば閻魔大王が判決を下すときの基礎資料となっているものです。


 デルファイ法とは、多数の専門家にアンケートを行い、その結果を示しながら、同じ内容のアンケートをくり返し、意見を収斂させていく方法です。いわばアンケートによる意見集約方法ともいえます。回答結果は統計処理して示されます。専門家の主観的な意見を多数集めることにより客観性をもたせています。回答者に質問をして、回答分布を示して再考してもらいます。自分の意見がほかと大きく離れていれば、再検討して回答します。この手順を何回かくり返し、回答が固定したところで終了します。ここで重要なことは、アンケートは匿名方式ですから、影響力の強い特定の人の意見にひっぱられたりとか、反対のための反対をしたりなどということはなくなります。とはいえ、やっぱり単なる意見の集約にすぎないではないかという批判もあります。


 「デルファイ」という名称は古代ギリシャの聖なる都市Delphiに因みます。アポロン神殿の巫女が神託(オラクルOracle、神のお告げ)を下します。霊験あらたかと信じられており、武将は戦の神託をもらい、市民は健康や商売の神託を求めたそうです。オイディプス王が「父を殺し母を娶る」という神託を受け、それを避けようと必死の努力をして、かえって予言を実現させてしまう話とか、「大国を滅ぼす」という神託を信じてペルシャに遠征し、逆に攻められて自国を滅亡させたリディア王などの逸話が有名です。予言ですから表現があいまいであり、しばしば解釈違いがあったようです。「デルファイの神託」といえば難解なものの代名詞でもありました。
 デルファイ法はアメリカのRAND研究所が開発した方法です。RANDは非営利のシンクタンクとなっていますが、もともとは米空軍のために設立されたものです。現在は米軍関係の業務に携わるほか、広く社会・国際問題を扱っており、その範囲は、児童政策、私法・刑法、教育、環境・エネルギー、健康、国際政策、労働市場、国家安全保障、人口・地域研究、科学技術、社会福祉、運輸となっています。 科学技術関係において多様な報告書を出版しています。


デルファイ法はもともとアメリカ生まれですが、その後アメリカで使われたという例はあまり聞きません。とくに科学技術の予測調査では、日本の8回にたいして、ドイツと韓国が2回、フランスと中国で1回の実績しかありません。英国やほかのヨーロッパ諸国は別の手法を用いているようです。デルファイ法はどうして日本だけで利用されているのでしょう。第8回デルファイ調査では、初回が4219名にアンケートを発送、2659名から回答(回収率63%)、この回答者に前回の調査結果を送付して再考を求め、2259名から回答が得られています(回収率84%)。一部の回答者が多数意見に賛同して、意見が収斂しています。このアンケート調査では、回答者に鉛筆一本のお礼もなかったとのこと。それを聞いたある国の人が、自分の国ではそんなアンケートに答える人はいない、と感心していたそうです。しかしデルファイ法がうまくいくかどうかは、協力にたいするお礼の多寡だけとも思われません。世間という大勢に自分の意見を合わせることに抵抗がない日本人の気質にマッチしているからだろうと思いませんか。アメリカなどでは、専門家といわれるような人は多数に意見を合わせることを嫌うでしょうから、デルファイ法はそもそも成り立たないのです。


 科学技術政策を多数の専門家のコンセンサスによって進めていくというのは、いかにも日本的な風景であり、だれも考えないような発明発見にムダな予算は使わず、間違いのない研究開発をするということになります。会社なら、飛躍はしないけれども、すぐに潰れはしない、というところでしょうか。国の科学技術政策も結果的にそのようになっているようですが、出発点からそうなるようになっているのです。しかしデルファイ法の基本的な欠点は認識されており、これを補完するための科学技術予測調査として、少数の専門家に発展シナリオを作成してもらう調査とか、社会的経済的なニーズの調査とか、さらには科学などの基礎研究分野では急速に発展しつつある研究領域を見いだす調査などが行われています。


じつは科学技術のデルファイ調査が政策に反映されたのは今回が初めてのようです。今回は調査結果が一年前に仕上がっていて、基本計画策定に反映させることができたという技術的な理由もありますが、基本計画策定の進め方も変わってきていることがあります。最近は機関評価ということでかなりの作業をさせられるようになっています。評価にS、A、Bがつけられ、評価がBであれば予算はつかない、あるいはかなり減額されることになりました。平成13年1月、内閣府に総合科学技術会議が設置され、戦略性を重視する政策立案が検討されるようになりました。これまでは各省庁が計画をとりまとめ、それを総合科学技術会議が太鼓判を捺して追認するというボトムアップのやり方でした。これでは戦略がよく見えないということで、トップダウンにしようという試みです。しかしその判断となる基礎資料がデルファイ調査の結果ということでは、「客観的に」調整された「ボトムアップの集約意見」に総合科学技術会議が太鼓判を捺し、それで役所に「トップダウンの戦略」を示しただけにすぎないのではないかと思います。とはいえ日本に合った「トップダウン」なのかもしれません。


 ところで意見を集約する方法には、ブレーンストーミング法というのもありあります。小グループのメンバーが自由奔放にアイデアを出し合い、お互いに発想の異なるアイデアから連想することにより、さらに多数のアイデアを生み出す集団的思考法・発想法のことです。この方法も1940年ころにアメリカで考案されました。Brainstorming(頭脳を嵐でもみくちゃにする)には、アイデアを提起することにより自分の創造力がさらにかきたてられ、と同時にほかのメンバーの連想力を刺激することができるという意味があります。自分にとってつまらないアイデアと思えても、ほかの人には素晴らしいアイデアかもしれないからです。ただしブレーンストーミングをうまく進めるためには、いくつかのルールがあります。

 

①提出されたアイデアをその場で批判してはいけません。

②どんなアイデアでも歓迎します。つまらないとか、乱暴だとか、見当違いだとかいう批判や判断をしてはいけません。

③質より量で、多くのアイデアを求めます。

④他人から出されたアイデアを改善したり組み合わせたりすることを歓迎します。

 

ブレーンストーミングを成功させるための秘訣は、一つのアイデアに別のアイデアをかぶせていくことがなにより大切です。いってみれば漫才のボケとツッコミの要領で話を積みあげていくことです。このようにして提出されたアイデアを記録・整理・分析することにより、独創的なアイデアを抽出したり、問題点を洗い出したりすることができます。ただしブレーンストーミング法は意思決定や調整には役立ちません。どちらかというとトップダウン型の意思決定システムにおいてアイデア・ベースとして役立つのではないでしょうか。


ブレーンストーミング法はデルファイ法と違って、日本にあまり定着しておりません。自由奔放に意見を述べるなどということは集団の意思決定の妨げになるという暗黙の美徳があるからではないでしょうか。会議や講演会でもあまり意見が出てこないのは、意見を述べることはでしゃばりであるという意識がそうさせているのでしょう。


 デルファイ法の性能を評価するおもしろいデータがあります。過去の予測調査の課題はどれほど実現したのかという調査です。過去のデルファイ調査による予測課題のうち2/3ほどは20~30年後の現在、なんらかの形で実現していて、重要性が高い、近い将来に実現すると予測された課題ほど実現率が高くなるようです。しかし予測時期を大幅に外れることもあるようですから、やはり「当たるも八卦、当たらぬも八卦」です。未来予測をするためには、デルファイ法とブレーンストーミング法を半々に組み合わせる予測手法を開発しなければなりません。


(参考文献)
文部省科学技術政策研究所:日本の科学技術の現状と今後の予測 デルファイ調査-概要、科学技術動向No.52、2005年7月