コウモリは飛行するときに超音波パルスを発射し、周囲からのエコーを聴きながら自分の位置を知るエコーロケーションを行っています。コウモリやイルカなどの音響測位に学び音響技術や信号処理技術に活かす研究はバイオミメティクス(Biomimetics:生物模倣科学)の一分野です。先日開催された「バイオソーナー研究の最先端ワークショップ2006」を聴きにいってきました。


 コウモリは標的の追跡を始めると、自分の出す音を61kHzから少しずつ下げ、ドップラー効果を受けたエコーの方が61kHzに近づくように調整していることが知られています。このやり方をスーパーヘテロダイン検波といいます。さまざまの周波数でそれぞれ信号処理するのではなく、信号の周波数をある一定の中間の周波数にもってきて高度の処理をするという賢い方式です。


 このようにコウモリはパルスを放射するとき、注耳(コウモリは音に「注目」)している標的からのエコーを基にしてパルスの信号特性を次々と調整しています。コウモリが着地やUターンするとき、どんなパルスを出しているか実験した結果が報告されました(1)。それによると、飛行中のコウモリは進行方向の遠方に低い周波数のパルスを発射し、斜め方向40~50°の近場にある標的には高い周波数のパルスを発射し、注耳方向を切り替えながらエコーロケーションしているようです。着地飛行では、3~4回のパルスに一度、遠方の着地点をエコーロケーションで確認しています。またUターン飛行では、注耳方向を進行方向と斜め方向とに交互に変化させます。さらに壁を回避するなどのUターン飛行では、注耳方向を頻繁に変化させて、ダイナミックに周囲の状況を把握しています。このようにコウモリは聴覚情報系列が2つ以上あり、標的に関する情報を時分割して処理しているようです。


 コウモリというと暗い洞窟に棲んでいて、臭くて気味の悪い動物という印象があります。しかしコウモリの種類は950種、全哺乳類の1/4もあり、さまざまな環境に適応しています。このなかで血を吸うコウモリは3種だけで、ほかはいたっておとなしいようです。フルーツコウモリなどは食料とされております。どんな味がするのでしょう。


コウモリといっても、種類によってソナー信号には違いがあるようです。高い周波数から低い周波数におとす周波数変調型のFMコウモリと一定周波数で最後に周波数を下げる周波数一定・変調型のCF-FMコウモリとに大別されます。FMコウモリでは、標的距離がより近くになってからエコーロケーションが開始され、音圧パルスはかなり低いようです。またパルスのスペクトル形状は標的との距離に応じて変化し、接近期を過ぎると、FM音は急激に降下することも観測されています(2)。このような信号特性の変化を理解することは、人工のエコーセンシングへの応用にとって有用とのことでした。


 ところでこの実験に使われたFMコウモリはアブラコウモリという名前です。講演を聴いているときは、脂っぽくて、すべすべしているコウモリなんだろうと思っておりました。懇親会のおりに、そのことを質問しましたところ、脂っぽいということはなくて、種名がアブラコウモリ属アブラムシPipistrellus abramusの和名とのことでした。それ以上は考えたこともありません、ということでしたので、やむなく自分で調べてみました。属名のPipistrellusは「夕方の」という意味があり、P. pipistrellusはイギリスでもっとも普通に見られる種類だそうです。「ユウグレ属」と訳すべきでした。ところでアブラムシのほうも日本では普通に見かける小型のコウモリです。体の大きさは、人の親指大で約5センチ、体重は5グラムより少し重いくらいです。日没の30分後くらいからねぐらを飛びだして、蚊や蛾、ハエなどの小さな昆虫を食べているそうです。人家に棲みつく唯一の種類ですから、古来、日本ではイエコウモリと呼ばれていたものです。


 それがどうしてアブラムシになってしまったのか。じつは日本のイエコウモリをヨーロッパに初めて紹介した人はかのシーボルトでした。それで日本人がなんと呼ぶのか調べたことでしょう。たまたま博多のあたりでは、イエコウモリを「アブラムシ」と呼んでいたことから、種小名が「abramus」となったということのようです。それならどうして博多の人たちはイエコウモリをアブラムシと呼んでいたのか疑問となりました。アブラムシはいろんなものに使われる名前です。代表的なところでは、木などにたかるアリマキ、アブラムシ科の昆虫で、アリが甘露をとるために飼育していて、人間にとっては害虫です。ゴキブリのことをいう地方もあります。人につきまとい、ゆすりたかりを行う者、女につきまとって困り者となっているような男をいう、という説明もあります。また古い吉原の隠語で、只見をするひやかし客をいう、ともあります。これから芝居などで入場料を払わずに押入る者もアブラムシと呼ばれました。飛騨地方では仕事の途中で怠ける者をこのように呼ぶようです。総じて、嫌なもの、ちっぽけなものをアブラムシと呼んだようです。


それでは博多の人たちはイエコウモリを嫌なものという意味でアブラムシと呼んだのでしょうか。嫌われる昆虫を捕らえるという意味では昼間のツバメに代わる夜のコウモリは益獣ですから違うでしょう。すると「ちっぽけな」という意味でしょうか。たしかにイエコウモリはコウモリのなかではかなり小型の部類です。鳥でいうと小さなハチドリの大きさくらいしかありません。


さらに調べてみると面白いことがわかりました。子供のころ、鬼ごっこやかくれんぼなどをして遊ぶとき、年下やハンディのある子には特別のルールを作って、いっしょに仲間に入れてあげました。このような子のことを地方によってさまざまに呼びます。関東地方では、「みそっかす」と呼び、これが全国的にもっともポピュラーです。「まめっこ」と呼ぶ地方もあります。ところが博多や愛媛では「あぶらむし」なのです。東北南部でも「あぶらすっこ」といいますから、同じ系列かもしれません。ということでまとめますと、アブラコウモリのアブラムシには、ほかよりは小さいけれども、いいコウモリだから、いじめたり仲間はずれにはしない、という意味がこめられていたのではないでしょうか。


 鳥とネズミが戦ったとき、コウモリは有利な方につこうとするので両方から嫌われた、というのはイソップ童話のお話です。最近の研究によると、コウモリが哺乳類のなかでどの生物と近いのかということがわかってきました。従来は外観からネズミに近いと考えられてきましたが、DNA解析によると、ウマやイヌと近い仲間で、サルやネズミからは縁遠いということがわかってきました。ウマなどから分岐する直前にウシやクジラと分かれています。ということからすると、エコーロケーション機能を獲得した哺乳類が海にもどってクジラやイルカとなり、空を飛んでコウモリとなったということでしょうか。馬に翼をつけたペガサスという架空の生き物がいます。この場合の翼は鳥の羽ではなく、コウモリの翼とすべきなのでしょう。ハリー・ポッター第5巻に「馬なし馬車」を曳く恐ろしい馬が登場します。この馬はセストラルという魔法動物で、コウモリのような形の大きな翼をもっているとされています。ハリー・ポッターの著者はなんてセンスのいい作家なんだろうとあらためて感心しました。


(参考文献)

1.飛龍志津子ほか:コウモリの空中ソナー戦術、バイオソーナー研究の最先端ワークショップ2006、東京大学生産技術研究所、2006.3.23~24
2.萩野智生ほか:FMコウモリとCF-FMコウモリの飛行時におけるエコーロケーション行動の比較、同上