子供のころイイダコ釣りをしたことがあります。白いビー玉に大きく曲がった針が三本ついた疑似餌を凧糸に結わえて砂浜の海に投げ入れます。ゆっくり引いているといきなり重たくなります。急いで引きあげるとビー玉にイイダコがしがみついているので、おもしろいくらいに採れました。煮ると米粒そっくりの卵がいっぱいつまっていました。イイダコは砂浜などで小さな貝を食べています。白い玉を貝と間違えるのでしょう。昔、関西ではマンジュシャゲの白いラッキョウのような球根を掘って使ったそうです。


 明石ダコともいわれ、たこ焼きに使われるマダコは岩礁地帯に棲みカニや小魚を食べています。夜になると隠れ家の穴から這い出てカニやアワビなどを捕らえます。タコの吸盤はおわん形をしており、その奥に小さな球状のポンプ器官があります。吸盤を獲物などに当て真空ポンプのように吸引して内部の圧力を下げると、吸盤はぴたりとくっついてしまいます。タコが放すまで簡単には離れません。AUVなどのアームにタコ型吸盤をとりつけ、なにかにくっつけて位置保持をしたり、サンプルを採取できるようにしましょう。


 タコとイカはともに頭足目に属する軟体動物ですが、タコは腕が8本、イカは10本あります。またタコの墨とイカの墨はまるで違います。イカの墨はセピアといわれ、昔はインクとして使われました、またスパゲッティにからめて食べたりします。どろりとしていて粘りがあるからです。イカが墨を吐くとそこに分身が残されるので、魚が気を取られているすきに逃げてしまいます。忍法分身の術というわけです。ところがタコの墨はすぐに広がってしまいます。タコは忍法煙幕の術により身を隠して逃げるのです。しかも少し毒があります。


 タコの天敵はタイです。明石ダイがおいしいのは明石ダコを食べているからだともいわれております。それでタコは暗くなる夜間に餌を探すわけですが、そんなことができるのは目の感度がとくに優れているからです。タコの眼に盲点はありません。人間の眼に盲点があるのは、網膜に並んでいる視細胞の光を感じる部分が外側に向き、神経索が眼球のなかに伸びていて、それがまとまって出ていくところが盲点になります。つまり人間の視細胞は入射光に背を向けているのです。このため感度は悪くなります。どうしてこんなことになってしまったのか、というのは生物が陸に進出するとき、強すぎる紫外線から眼を守るためだったのではないでしょうか。視細胞に強い光が当たらないよう反対向きに進化できたものだけが陸上で繁栄できたということです。タコなどの軟体動物は陸に上がろうとしませんでしたから、視細胞を入射する光に向けたままでした。ということでタコは暗くてもよく見えるのです。日本の蛸は鉢巻を巻いていますが、どこかの国の蛸はサングラスをかけています。


タコは岩や海藻に形態や表皮の色を似せることができ、海の忍者といわれますが、やはり明るいところは苦手ですから、穴に隠れたがります。この性質を利用した漁法がタコツボ漁です。日本では弥生時代のころから素焼きで作られたタコツボが利用されてきました。近年は丈夫で長持ちするプラスティックが使われています。ラグビーボールくらいの大きさの壷を長さ2kmくらいのロープに10m間隔でとりつけ、これを何セットも海底に仕掛けます。明石のように流れの強い海では壷の底のほうをロープに結わえます。すると口が流れと反対向きになり、タコにとってはいい隠れ家となるのです。これを引き上げると、壷はさかさまになって上がってきます。タコは落っこちてしまいそうですが、どういうわけかタコは吸盤を使って壷の内側にへばりついて落ちません。船に上げられてからあわてて逃げようとしても手遅れです。


 研究者や技術者も「タコツボ」にはまりやすいとよくいわれます。専門ばかというか、技術などが高度になると、各分野が専門化、独立化して、互いの交流や協力が希薄になっていき、社会環境が変化してもそこにしがみついていると手遅れになってしまいます。タコツボ型の研究開発に陥らないようにするためには本人の努力はもとより、企業や組織のふだんの努力が必要です。


 社会をエネルギー消費とコミュニケーションの広がりという2つの軸で区分けすると、四つに分割されます。エネルギー消費が拡大しコミュニケーションがより開かれたコミュニティに向かう社会が「カウボーイ型アメリカ社会」、コミュニケーションは拡大するけれどもエネルギーは節約に向かうのが「北欧型社会」、エネルギーは拡大消費されても個人のコミュニケーションは身近な人に限られるのが「タコツボ型日本社会」、そしてエネルギーが節約されコミュニケーションも狭い世間に閉じこもるのが「江戸型社会」といわれます。日本は、エネルギー消費は大きくなったけれどもタコツボ型社会のままというのが大方の意見です。研究者や技術者がタコツボに入りたがるのは無理もない話しなのです。


 タコツボを出れば青空が広がるといわれても、出たらタイに食われてしまのでは、だれも出たがりません。とはいえタコツボに閉じこもったままでは日本のお先は真っ暗です。さまざまな提言がなされています。識者の意見をまとめると、以下の三つになります。


(1) 物まねは最大の恥:物まねを許す土壌が創造性を阻害する最大の要因、革新を生み出すため組織のトップ自らがリーダーシップを発揮し、独自の創造戦略をたて、それを組織全体に浸透させるべき。知恵こそが大切なもの、独創性を評価する基準を確立して、創造者には十分に報いるべきです。
(2) 脱タコツボ:組織も個人もタコツボから脱却し、組織の旧弊や既存の固定観念にとらわれずに世界を視野に入れて発想を飛躍させるべき。企業や大学、学会、行政などとも幅の広い連携を組んでいくことが大切になります。
(3) 異才を育てる:新しい研究や技術を切り開くのは、ユニークな技術やアイデア、先見性をもつ異才が原動力となるのだから、異才に活躍の場を提供することが「技術立国」の再興に不可欠である。まず才能を見極めること、さらに異才を集めて羽ばたかせる組織環境をつくることが大切です。


 物まね・タコツボ・横並びは日本人の三大美徳です。これをやめれば日本人ではなくなってしまいます。しかしタコツボを出なければ国際競争に勝ち残れないとしてタコツボ脱却にとりくみ成功している例はいくつもあります。また理系出身の技術者に「経営」を学んでもらおうというMOT(Management of Technology:技術経営)という教育プログラムも行われるようになりました。技術はあるのに利益がでない、など日本にありがちな悩みを解決するため、技術者にも果実を生む技術の目利きに磨きをかけ、お客さまの視点で開発にとりくめるようにしようとしています。研究者と技術者のインセンティブを高め、教育の質を維持できない研究開発機関は淘汰され沈んでいくだけです。


参考文献:創造主義宣言三カ条-独創・連携・異才育成を、日経産業新聞創造委員会提言