海洋基本法が07年に成立し、海洋基本計画が策定されようとしています。わが国では戦後の海洋政策がばらばらに進められていると批判されてきました。94年に国連海洋法条約が発効すると、96年にはわが国も批准しましたが、海洋問題への取り組みは進んできませんでした。なかでも海底鉱物・エネルギー資源と大陸棚確定への対応は着実に先送りされてきました。4つの原因が指摘されています。

 

(1) 縦割り行政:海洋政策は、EEZ(排他的経済水域)の管理(外務省)、海洋環境の保護(環境省)、海洋資源開発(経産省)、海運・海上保安(国交省)、海洋科学技術(文科省)というように、縦割り行政のもとでばらばらに所轄され、海洋政策を統合的に決定する機能が形成されなかった。

 (2) 政治的リーダーシップの欠如:海洋問題を重要施策として、官の縦割り行政の弊害を克服する政治的リーダーシップがなく、総合的に立案する問題意識がまるでなかった。

(3) 海洋問題の先送り:領土問題やEEZの境界線確定、EEZ内の海洋権益の確保については、近隣諸国との敏感な問題が深刻化するのを憂慮し、問題を先送りする傾向があった。

(4) 海洋問題に対する国民の一般的関心の低さ:世界が加速度的にグローバル化するなかで、国民レベルにおける海洋への関心は低下してしまった。

 

 大陸棚確定問題と海洋権益をめぐる問題により、海洋問題への関心が高まってきたことを背景として、海洋基本法の制定にむけて検討されてきました。この動きには二つの流れがありました。一つは与党の動き。当初は、「EEZ内の海洋権益の確保」という狭い視点からのものでしたが、これでは海洋政策が「たこつぼ」にはまってしまう危険性があることから、海洋政策の理念を示す法律が必要ではないかという要望が出てきました。もう一つの流れは海洋政策研究財団を中心とするもの。05年11月に、「海洋と日本:21世紀の海洋政策への提言」を政府に提出しました。主な内容は、海洋政策大綱の策定、海洋基本法の制定、海洋担当大臣の任命など行政機構の整理、海に拡大した「国土」の管理です。

 

 内閣府に「総合海洋政策会議」を設け、新設の「海洋政策担当相」を中心に、国を挙げて海洋政策にとりくむ体制を整える、という内容です。海洋基本法によって期待されることは以下のとおりです:

 

①政策全体の戦略欠如:形骸化した関係省庁連絡会議→強い権限をもつ総合海洋政策会議

②EEZ内の資源開発問題:外務省と経産省の連携不足→国益に沿った対応

③日本籍船と日本人船員の激減:税制を含め、総合的な対策を迅速に実施

 

 じつは海洋基本法の制定とほぼ時を同じくして宇宙基本法も検討されていました。宇宙基本法は、宇宙の平和利用を定めた国会決議(69年)の制約を緩め、高性能の偵察衛星など、宇宙の防衛利用を可能にしようとするものです。こちらでは、熱気にはやる議員や財界、関連予算の膨張を懸念する防衛省、研究費へのしわよせを警戒する宇宙科学の研究者が三すくみの状況です。自衛隊が利用できる衛星は利用が一般化しているものに限られており、情報収集衛星の解像度にいたっては商用衛星並みの1m程度と米偵察衛星の10cmに比べて格段の差。通信衛星など実用衛星は90年の日米合意により国際調達しなければならず、わが国の宇宙機器産業は実用衛星をほとんど受注できず、研究開発目的の衛星でほそぼそと食いつないできたため、売り上げはジリ貧、技術者の数は10年間でほぼ半減の状態となってしまいました。宇宙基本法さへできれば、自衛隊が最先端の専用衛星をもてるし、日米合意に縛られない「官需」がみこめると熱くなっております。

 

 一方、防衛省はというと、費用対効果が合わないと静観の構えとか。自衛隊はいまでも支障なく国内外で活動できているのに、どうして難しい問題をもちだすわけ?というのが本音のようです。自衛隊の宇宙予算は年約170億円、これが自前の衛星をもつとどうなりますかというと、打ち上げには1基約100億円、開発や維持には巨費が必要になり、たとえば内閣官房が所管している情報収集衛星ですと、年約600億円かかります。ただし現場サイドからは、米軍に全面依存している状況から脱却して、独自の判断で撮影したり探知したりできる衛星をもちたいという声はあるとのこと。

 

 宇宙の研究者は科学予算を減らされるのではないかと心配しているようです。JAXA(宇宙研究開発機構)は宇宙予算の7割、「はやぶさ」や国際宇宙ステーション、宇宙飛行士の活動などを行っています。ただ、国民生活に役立っているのか、税金の無駄遣いではないか、という批判はあいかわらずですし、宇宙基本法ができたら、宇宙科学予算は削減の対象になるのではないかと心配のようです。目に見える成果の還元も大切だが、フロンティアとしての宇宙開発では、長期的で挑戦的な研究開発が重要である、という擁護論もあります。「宇宙」を「海洋」に置き換えてもそのままあてはまります。

 

 空と海の基本法はもちろん置かれている状況が異なりますから、どちらも同じようにとはいきません。しかし宇宙基本法では、三つのプレーヤーの思惑があり、なかなかすんなりいかないようですが、議論を進めていけば、発展できる可能性があるような気がします。一方、海洋基本法はうまくいっているように思えるのですが、こちらでは運輸・海上保安行政、海洋産業、海洋資源行政、水産行政、海洋科学技術と多くのプレーヤーがおります。運輸と企業の結束が圧倒的でメジャーなプレーヤー、ほかはマイナーなプレーヤーの構図です。省庁の縦割りの弊害を除くため、一省庁だけが力をもったでは本末転倒、基本法が成立してもマイナープレーヤーの抵抗がつづけば、なにも変わらないかもしれません。少なくとも、縦割りの壁だけでも低くなれば大成功なのでしょうか。

 

 海洋権益の確保がお題目に終わらないものとするためには、わが国のEEZ・大陸棚における学術研究、科学調査・観測、環境管理、資源探査・開発、産業利用などの持続的開発などの活動を実際に展開することによってのみ実現できる、ということが認識されるようになってきました。日本の大陸棚やEEZ(経済水域)内の海底には、黒鉱型海底熱水鉱床やコバルトリッチ・クラストなど、有望な鉱床が存在しています。開発技術をハード面・ソフト面ともに世界のトップとなって確立し、海洋産業の中核を担えるように育成していくことが必要とされています。海洋科学技術の研究開発にかかわる人間として、私たちも積極的に参加し、どんどん提案していかなければいけません。