映画「理由なき反抗」では、プレイトーという若者が死んだとき、左足には赤い靴下、右足には紺の靴下と、左右違う色の靴下を履いていました。映画では、慌てていたからだろうといっておりました。慌てて違う色の靴下を履くものだろうか。慌てていたら履くかもしれない。それほど慌てたことがないから本当かどうかわからない。それほど慌てていたんだと言われると反論はできない。しかし映画で、慌てたということを表現するのに、靴下を左右間違えさせるものだろうか。監督か脚本家が若いころに慌てて靴下を左右間違えて履いたことがあり、そのような演出をしたのかもしれない。しかしこんな演出は私の知っているかぎり初めてのことだった。

 

 ずっと昔にこの映画を観たときは、このシーンを意識しなかった。単なる間違いといわれたら、そうかもしれないと思い、すっかり忘れていた。しかし、ずっと後になって、左右の靴下の色違いという話を別の作品で知った。まず、イギリスの女性作家J.K.ローリングによる小説「ハリー・ポッター」シリーズの第四巻「炎のゴブレット」(2000年発表、映画は2005年公開)に出てきます。この小説には、ドビーという魔法が使える小妖精がいて、ホグワーツ城で厨房の仕事をしています。悪の帝王ヴォルデモートと闘うハリーを崇拝しておりますが、あるときハリーの靴下が左右同じであることがおかしいと言って笑います。そしてクリスマスのとき、ハリーにプレゼントしてくれたのが、左右が色違いの靴下だったのです。左側は明るい赤に魔法の箒の模様、右側は緑色にスニッチ(魔法界のバスケットボール「クィディッチ」で使用される空飛ぶボール)の模様がついていました。ドビーが働いた給料で毛糸を買い、自分で編んだものでした。ドビーは左右がちぐはぐな靴下を履くのが正しいと思っていたのです。

 

 著者J.K.ローリングがどこからこのアイデアを思いついたのかはわかりませんでした。今から9年前、バルト海のクルーズ旅行にいったとき、スウェーデンの女性作家アストリッド・リンドグレン(1907年~2002年)のことを知りました。ストックホルムからバルト海に出るには、細長い水路を何時間もかけてずっと進んでいくのですが、そのなかに点在する小島に、この作家の児童文学小説「長くつ下のピッピ」(1944年)の主人公である活発な女の子ピッピの家族が住んでいると教わりました。帰国後にその小説を読んでみました。エネルギッシュなピッピは9歳の女の子、赤毛のツインテールに、そばかすだらけの顔、そして長靴下を履いているのですが、左右の色が違うのです。

 

 それでようやく納得しました。ローリングは左右が違う靴下というアイデアを、「長くつ下のピッピ」から得ていたのだな、と気づきました。ひょっとしたらローリングは映画「理由なき反抗」(1955年)を観ていたかもしれません。ローリングの小説には映画の話がずいぶん出てきますから、可能性はあります。そして、この映画も、「長くつ下のピッピ」からヒントを得ていたことでしょう。

 

 何年か前ですが、横浜のある駅の近くを歩いていたとき、若い娘とすれ違いました。思わずふり返りました。その娘のストッキングが左右色違いでした。「長くつ下のピッピ」に憧れたのだなと思いました。しかしその後、左右の色違いの靴下を履いている人を見かけたことはありません。いろんなヘンテコなファッションはあるのですが、左右が違う靴下というのは、若い人にはまだ抵抗が大きいのだなと思っております。