映画「OK牧場の決闘」(1957年)は、保安官ワイアット・アープの決闘で有名な西部劇の傑作として知られていますが、私は今度観るのがはじめてです。映画の題名から、「OK牧場」という大きな牧場のなかで、無敵のヒーローである保安官と悪党が決闘をやるのだとずっと思っておりました。ちょっと調べてみたら、イメージとはまるで違うことがわかって愕然としました。

 

 Bさんが、「決闘」という名のつく西部劇で、本当の「決闘」は二、三本しかなくて、たいていは銃撃戦なんだ、と言っておりました。少し前に上映された「真昼の決闘」(1952年)も銃の撃ち合いでした。なにしろ今回の映画の原題が「Gunfight at the OK Corral」です。原題を忠実に訳すと、「OKコラルでの銃撃戦」なのです。しかしこれでは日本人にはわかってもらえない。「OKコラル」ってなに?わかってもらえなければお客さんが来てくれないかもしれない。それで映画輸入会社は考えたのだと思います。日本人は「決闘」と名がつくと、なんとなく手に汗握るシーンを思い描いて、観てみたくなるだろう。どっちも銃で撃ち合うんだから、「決闘」でいいんじゃないか。問題は「コラル」だ。コラルというのは、家畜などの柵囲いことです。牧場だって、柵で囲ってあるのだから、「牧場」でいいんじゃないか。「OK牧場の決闘」なら、お客さんもワクワク期待して来てくれるだろう。きっとこんなふうに題名が決められたことでしょう。

 

 映画の題名付けは難しいものです。原題を直訳しても、お客さんに理解してもらえなければ困ってしまいます。そこで日本人のよくやる手が、なんとなくメルヘンチックなものにして、お客さんを釣って、映画を観てしまえば、題名なんかどうでもよくなる、というやつです。実はこの手法は、不動産広告の常道なのです。とはいえ、普通の住宅とかの広告では嘘を書いてはいけないという規制があります。駅から徒歩30分なのに、徒歩10分と書くのは虚偽広告にあたります。ところが宅地開発など、個々の物件ではなく、大規模なものの不動産広告はメルヘンな名称が多いのです。私が最高傑作ではないかと思っているのは、横須賀市の西海岸にある佐島マリーナ近くの「佐島の丘」住宅街の不動産広告でした。そのキャッチコピーは、「目を閉じれば海が見える」だったのです。たしかに住宅街は地図では海の近くですし、住宅街の近くにマリーナや漁港がありますが、住宅地のあるあたりから海は見えません。目を開ければ海は見えないかもしれないけれども、目を閉じれば海が見えます、というのはとても素敵なネーミングでした。どうしてそんな広告を作るのかというと、家を買うとかといった大きなことはたいてい奥さんに決定権があるからです。夫が気にいっても、奥さんが嫌だというと決まりません。奥さんが気に入れば、夫がなんと言おうとそこに決まります。ですから不動産屋としては、奥さん方に気に入っていただけるように、歯の浮くようなキャッチコピーを必死に考えるのでしょう。ここから海は見えません、などと本当のことを言ってはいけないのです。「目を閉じれば海が見える」はすばらしい広告でした。

 

 ところで「コラル」ってなに?映画「真昼の決闘」で、保安官ケリーが新妻エミィと馬車に乗って町から出ていくシーンがありました。保安官が自家用の馬車をもっているはずはありませ。御者つきの馬車に乗せてもらっているわけでもありませんから、馬車を借りて旅をして、着いたところで、それを返すのでしょう。そういう仕組みがアメリカにはすでにあったということです。また「真昼の決闘」では、保安官が馬小屋に行き、馬を物色します。それで町から逃げようとしたのでしょうか。それはともかく、あの馬小屋みたいなものが、「コラル」です。つまり、「OKコラル」というのは、「いつでもOK貸馬商会」といった、いわば現代のレンタカー屋だったのです。OKコラルは通りにある普通の店構えですが、店の奥で馬を飼育しており、お客は馬車を借りると裏口から出ていきます。

 

 映画の舞台は、カリフォルニア州の東隣りにあるアリゾナ州の東部、メキシコの国境に近い町トゥームストーンです。銀鉱山があって、全国から荒くれ者が集まっておりました。そこで拾った石(ストーン)は自分が死んだら墓(トゥーム)になる、といった意味の町です。ワイアット・アープはこの町からずっと東、中西部の町の保安官でしたが、兄がトゥームストーンの保安官をしていて、牛泥棒たちに手を焼いており、ワイアットに助けを求めたのです。アープ兄弟と、ワイアットの知り合いで早打ちの名手ドクがその町に集まります。牛泥棒の連中を探して、保安官たちが町を巡回していたとき、「OKコラル」の裏口を通り過ぎたところで、牛泥棒の一団と遭遇し、そこで銃撃戦が始まり、30秒で決着がつきました。これは実話でした。これをワイアット・アープが売りこんで、映画化されたものです。映画では、この銃撃戦にいたるまでの、男の友情物語、女を巡る駆け引きなどが、たっぷり二時間描かれております。