10月「神無月(かんなづき)」のおついたち参り〜❣️

伊勢神宮・内宮へ。


雲ひとつなく晴れ渡った青空。

清々しい風が、心地よく吹き抜けていきます。


行く手には光があふれ、

いつもの参拝にも増して、すべての氣が整っているように感じました。


参道を進むだけで、厳かな空氣の中にも、どこか心が弾むような気配があります。


そして

あの瞬間がやってきました。


御正宮の正面に立ち、二礼を始めると、

それまで静かに垂れていた白い御幌(みとばり)が、ゆっくりと上がり始めたのです。


御幌はそのまま、まるで天に向かうように大きく上がり、止まりました。


私は頭を垂れ、目を閉じて、

日頃の感謝と祈りをお伝えしました。


そして目を開け、最後の一礼をすると


御幌は静かに降りてきて、ぴたりと止まりました。


その間、ほんのわずかな狂いもない。


まるで参拝の始まりから終わりまでを見届けてくださったかのような、あまりにも見事な出来事でした。


一瞬の狂いもない「神はからい」を見せていただいたようで、胸がいっぱいになりました。


神宮境内では、今年も神酒の奉納が行われるようです。

各地の酒蔵から来られた方々が、揃いの法被を身につけ、準備をされていました。


そして荒祭宮では、

来年開催する「日本の神様の絵の公募展」について、ご報告をさせていただきました。


神無月の始まりの日。

澄み渡る空と光の中で迎えた、ありがたいおついたち参りとなりました。


今月も、平けく安らけく


#伊勢神宮おついたち参り

#神無月のはじまり

#神はからい

#感謝と祈り

#平けく安らけく

#今野華都子
















その人は私より10才年上の

82才。


結果が出るかどうかわからないのに、5年間体操を続けた。

結果、膝の曲がりを改善して真っ直ぐになって痛みがなくなった人がいます。


続けられる人と続かない人とはどんな違いがあるのでしょう。


そのそばにいて話を聞いて感じたこと。


続けられる人


* お医者さんや文献をあたって理論を確認して納得している。


* 最初から頑張りすぎない。 「毎日30分」ではなく「5分でもやればよし」と、続けられる大きさから始めます。


* 完璧を求めない。 

できない日があっても「もうダメだ」とせず、次の日に普通に戻ります。

途切れないことより、戻れることが大切です。


* 結果を急がない。 すぐ成果が見えなくても、「今日やったこと」に価値を置けます。


* 生活の中に組み込んでいる。 「やる気が出たらする」ではなく、「歯を磨いたら体操」「朝食の前に5分」など、考えなくても始まる仕組みがあります。


* 小さな変化を喜べる。 「昨日より少し楽」「ちょっと良くなった」と、小さな前進を見つけます。


* そして何より、「やらなければ」から「私はこれをする人」へ変わっていく。 習慣が自分の生き方の一部になると、努力して続けている感覚そのものが薄くなります。

そして5年後に手術を勧められた先生のところでレントゲンを撮って、骨が真っ直ぐにいるのを確認した。


私は「続ける」というのは、毎日一度も休まないことではない、休んでもいい、また戻ること。


続ける力は、強い意志というより、「やめないこと」なのだと思います。


全国古事記塾主宰 今野華都子絵と文記す
















自己を確立するまでの孤独を恐れなくていい。

人は誰でも、誰かとつながっていたいと思うものです。

嫌われたくない。
仲間外れになりたくない。
みんなと同じでいたい。

けれど周りに合わせ続けていると、いつの間にか「私はどうしたいのか」が分からなくなってしまいます。

一人になることを恐れない。

自分の心に問いかける。
私は何を大切にしたいのか。
私は何のために生きるのか。
私はどんな自分でありたいのか。

その答えは、人から与えてもらうものではありません。

一人静かに自分と向き合う時間の中で、少しずつ見えてくるものです。

だから、自己を確立するまでの孤独を恐れなくていい。


孤独は、決して人を拒むことではありません。


むしろ、自分という一本の柱を立てるための大切な時間です。


木も、見えない土の中でしっかりと根を張るからこそ、やがて枝を広げ、隣の木々と共に豊かな森をつくることができます。

人も同じです。

自分の根をしっかり張った人は、自分と違う人を恐れません。
無理に合わせる必要もありません。


自分を大切にしながら、相手も大切にできる。


仲良くすることと、自分をなくすことは同じではない。


孤独の中で自分を育て、
自分という根を張り、
やがて自分らしい姿で人とつながっていく。


孤独は、孤立するための時間ではなく、


本当の自分になっていくための時間なのだと思います。


全国古事記塾主宰 今野華都子絵と文記す


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「素直」になるって、

誰かの言うことを聞くことじゃない。

自分の魂の声に耳を傾けること。


「自分の素(本質・霊)に直結」すること。


生きる事は表現すること。何を大切にしたいのか

本当はどうしたいのか。


人に合わせることでも、

人からよく思われることでもない。


けれど、自分らしく生きるということは、

好き勝手に生きることとも違う。


自分の「素」に直結すればするほど、

不思議と周りの人や自然とのつながりが見えてくる。


自分一人の力で生きているのではないこと。

たくさんの命に支えられ、

たくさんのご縁の中で、

今ここに生かされていることに気づいていく。


だから「素直」な人は、

自分を大切にしながら、

人も大切にできる。


自分の思いを持ちながら、

人の言葉にも耳を傾けることができる。


そして、

「私はこうしたい」

「私はこう在りたい」

と、自分で選び、自分で歩いていく。


素直とは、

自分の命の声を聴いて生きること。


誰かになるのではなく、

本来の自分に還ってワクワクと生きていくこと。


するとあなたの周りの人も自然と素直に戻っていく。


全国古事記塾主宰

今野華都子絵と文記す


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「大地に足をつけて生きる」


木は、空へ高く枝を伸ばすほど、深く大地に根を張ります。


人も同じです。見えない思いを具体的に現すためには、日々の小さな行いという「根」が必要です。


* 食事、睡眠、掃除など日常を整える


* 今いる場所と、目の前の人を大切にする


* 自分にできる小さなことを実行する


* 結果を急がず、一歩ずつ積み重ねる


* 自分の身体と命を大切にする


という生き方です。


古事記的に言えば、目に見えない神さまの働きや思いを、私たちが暮らす「現し国」に形として現していくこと。つまり、


大地に足をつけて生きるとは、天からいただいた命を日々の行動を通して、


見えない愛や真心をこの現実世界に表して根づかせていくことなのです。


全国古事記塾主宰 今野華都子絵と文記す


絵は木の神「久久能智神(くくのちのかみ)」


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   成長とは、持てる力の使い方が変わること


宇宙は完成して止まっているのではなく、今も絶えず生成発展し続けています。

私たち一人ひとりも、その大きな生命の働きの中に存在しています。

自分に与えられたものを生かし、目の前のことに心を込めて働きかける。

その小さな一つひとつの行動が、新しい現実を生み出していくのです。人の成長とは、必ずしも新しい能力を身につけることだけではありません。

すでに自分が持っている能力を、どのような心で、何のために使うかが変わることでもあります。

全国古事記塾主宰 今野華都子絵と文記す


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「やり方と在り方」


「どうすれば成功するか」を考える前に、


「何のためにするのか」

「誰のためにするのか」

「自分は何を大切にして生きるのか」


そこが定まって初めて、目の前の出来事に対して、何をすべきかという「やり方」も自然と定まってくる。


在り方が、やり方を決める。


そして、その一つひとつの行動の積み重ねが、やがてその人の生き方になっていく。


全国古事記塾主宰

今野華都子

絵と文記す


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【産霊ムスヒ】



私たちは、受け取った命や経験を、創作と人とのつながりを通して新しい力へと変えていきます。


だからこそ、私たちの小さな表現や出会いも、決して無意味ではありません。一人ひとりが思いを形にし、誰かと分かち合うたびに、新しいつながりが生まれ、世界は少しずつ変わっていきます。


一人ひとりの小さな行いが、世界の変化をつくっているのです。


「産霊」とは、すべての生命を生み、結び、育て、よりよい方向へ発展させようとする働きそのものです。


全国古事記塾主宰 今野華都子絵と文記す


今日はオンライン古事記塾


9/24(木)継続クラス

第三集「少彦名」P37〜


 9/25(金)新規クラス

第七集「ヤマタノオロチ」P145 あとがき〜


開催時間(両日共通)

朝 9:00〜11:00

夜 20:00〜22:00


では後ほど〜



木花咲耶姫




絵を描くことが、とても楽しい。


毎朝、目が覚めることが楽しみになっています。

けれど、私は画家になるために描いているのではありません。

料理も、掃除も、身だしなみも。
日々するべきことをして、自分を整えてから、絵に没頭します。

仕事の合間や、移動の時間に。
眠る時間を削ることなく、暮らしを大切にしながら、描く時間をつくっています。

八百万の神々は、描いても描いても、描ききれないほど存在します。

山も、川も、木も、草も。
鳥も、虫も、蜂も、人も。
みんな、みんな、八百万の神々。

描くことを思うだけでワクワクする、この気持ちは、いったいどこから湧いてくるのだろう。

そうか。
神様の働きとは、エネルギーなのだ。

だから神様を描く私自身も、そのエネルギーに満たされていくのだと思います。

これからも、たくさん描いて、
あらゆるものの中に宿る神様を静かに表していきたいと思います。


全国古事記塾主宰 今野華都子

絵と文記す 



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【大山祇神(オオヤマツミノカミ)】


〜すべての命を育む山の神〜


伊邪那岐命と伊邪那美命から生まれた大山祇神は、山々をつかさどる神様です。


山は、ただそこにそびえているだけではありません。


雨を受け止め、水を蓄え、川を生み、木々や草花を育て、鳥や獣たちの命を養っています。


また、大山祇神は、岩のように永く続く命を象徴する石長比売と、花のように栄える命を象徴する木花之佐久夜毘売の父神でもあります。


そこには、命が永く続き、豊かに栄えてほしいという願いが込められています。


今回の絵では、山そのものを神の姿として描きました。


山頂から降り注ぐ光、山肌を流れる水、幾重にも重なる大地の色。


山は何も語らず、すべての命を育み、支え続けている。


私たちもまた、この大きな自然の恵みによって生かされているのですね。


そんな感謝を込めて、大山祇神を描きました。


全国古事記塾主宰今野華都子絵と文記す


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