本日、一つの研修を受講し終えました。

約半年前から始まり、1か月に一度、参加者が一つの会場に集まるセミナー形式の研修の最終日でした。

本日はそんな研修で学んだことについて、感想を交えながら書き記します。


 

研修の内容は、営業力を高めるために、コミュニケーションの面からアプローチするというものです。

私自身の現在の仕事は直接的にお客様に営業を行わないのですが、コミュニケーション能力を高めるために参加しました。

営業力とはコミュニケーション能力、と言い換えてもよいほどコミュニケーション能力は重要で、

そのコミュニケーション能力を高めることができれば、営業はもちろん、人間関係を築くうえでも役立つことになるので

今回の研修に参加させていただくことになりました。

 

研修の中ではコミュニケーションの考え方や、人間関係を円滑にするための手法などを学べましたが
セルフコミュニケーションというものも学びました。セルフコミュニケーションとは端的に言えば自分と対話し、自分自身の考え方を知ることです。

自身の「解釈」を客観的に見て、「なぜそのように解釈したのかを振り返る」ことを学びましたが、

それまで考えたことがまったく無かったことで、衝撃を受けました。

そして、自分自身の解釈の理由を知らなければ、コミュニケーションの取り方を変えることはできないと感じました。

 

たとえば、友人が私のことを茶化して周囲の笑いを取るときに私は「ムカつく」と感じます。(人によっては芸人がよく言う「オイシイ(=いい思いをした)」と感じることもあるようです。)

このときの私の解釈は「馬鹿にされた」「笑いものにされた」であり、その友人に怒りを覚えるというものです。

無意識で腹を立てるのですが、この理由について、なぜ腹を立てるかなんて考えたことはありませんでした。

逆に「オイシイ」という人の気持ちも理解できず、「笑われることが幸せなタイプの人なんだろう」と考える程度でした。

 

客観的に振り返ると、この友人は笑いを起こそうとしているのであり、私を馬鹿にしようとしているわけではないので

私の解釈はその場にふさわしくない解釈だと言えるかもしれません。

むしろ友人とともにもっと笑いを起こすために「オイシイ」と解釈して、協力的な反応をした方がよかった、とも言えます。

 

ではなぜ私の反応は「ムカつく」で、解釈は「馬鹿にされた」「笑いものにされた」だったのか?

意識が自分に向いていて、そのときに自分がどうみられるかを考え、自分が恥をかいた、と感じたからだと思います。

これが、周りの人に意識が向いていて、周りを喜ばせることを意識していたとしたら?

恥をかいたどころか、周囲を楽しませたという解釈になり、それを喜べたのではないかと思います。

 

恥をかいた、と反射的に解釈してしまうのは、恥ずかしい思いをしたくないという気持ちがあるからだと思います。

私は昔から人前で恥ずかしい思いをするのが嫌いでした。

人前でのミスは死ぬほど恥ずかしく、穴があったら入りたい、ここから消え去りたいと思うことも多々ありました。

そのため、上記のように他人によって恥をかかされたと感じたことにはネガティブな反応・解釈をしたのだと思います。

 

このように、自分の解釈を客観的に見て、解釈の理由を探ることを続ければ

自分の無意識の反応に気付けるようになります。

解釈がよくないと感じたり、変えたいと思うのであれば自分の意識で解釈を変えることができるようになっていきます。

私の考え方の「悪い癖」を矯正していくイメージです。

 

このことは私にとって、とても大きな価値がある考え方でしたので、衝撃を受けたというわけです。

研修を終えて、次にやることは実践です。

解釈をきっかけに、セルフコミュニケーションで自分の悪い癖をあぶりだしていきたいと思います。

 

このブログも、客観的に自分の考えを見返すために、活用していこうと思います。

 

読んでくださる方がいらっしゃるなら

あらためまして、独り言にお付き合いくださりありがとうございます。

どうぞよろしくお願いします。