ロック少年だった僕がジャズピアニストになったのは、まったく思いもかけないことでした。
大学に入って、最初の一年間はESSクラブに在籍していました。
大学に入ったからにはきちんと勉強をしようと思ったからですが、やはりどうしても音楽がやりたくなって、二年生になると同時に軽音楽部に入部することに決めました。
そこに入れば、思う存分ロックのドラムを叩いたり、ギターを弾いたりできると思っていたからです。
先に軽音楽部に入っていた友人に入部希望の旨を話すと、まずは見学に行こうというので、彼についていったのが運の尽きでした。
確かに彼は軽音楽部の部員でしたが、ジャズ部門でアルトサックスを吹いていたのです。
僕が連れて行かれたのは、ロックではなく、ジャズ部門でした。
「ピアニストが足りなくてね」
彼は既に先輩に話を通していて、僕の目の前には、キーボードが置いてありました。
僕は、わけがわからないまま先輩たちのセッションに参加し、そのままジャズ部門のピアニストになってしまったのです。
その日から、僕の生活はジャズ漬けになりました。
それまでロックしか知らなかった僕は、ジャズを一から勉強しなければなりませんでした。
先輩は、ずっとを先を歩いていました。
ついていくのがやっとだった僕は、毎日毎日練習に明け暮れ、ライブハウスへ行ってはプロの演奏を聴いていました。
一年くらいでようやく形になりましたが、理論はわからず、フィーリングだけに頼った我流で弾いていただけに、僕は、すっかり天狗になっていました。
軽音楽部に入って二年目、先輩の卒業コンサートの音源「Some Other Blues」です。
めちゃくちゃに弾いてはいますが、フィーリングや、音を入れるタイミングなどは今の僕のままなので、ひさしぶりに聴くと驚くとともに、ほほえましく思います。
僕の生活は朝から晩までジャズでしたが、やっぱりロックも好きだったので、中学の頃の友達と一緒にロックバンドを組んで、ときどき、ライブをするのが楽しみでした。
そのときの音源「Rock Me Baby」です。
僕はギターとヴォーカルです。
成毛滋と高中正義とつのだ☆ひろのバンド「FLIED EGG」のコピーです。
このような経緯ではじめたジャズでしたが、このときはまだ、ロックのほうが好きでした。