気兼ねのない3月11日まで
2012年3月11日を、遂に迎えた。 今日が日曜日であった事を、どう捉えようかと悩む。 恐らく平日であれば、多くの学校や企業で14時46分にアナウンスが流れただろうが、その分、いつもどおりの生活を送る必要性をより強く感じさせられたのでは、とも思う。 日曜日だったことで、1年前に起きた事を、1年経っても終わらない事を、より強く感じられる事ができたのではないだろうか。 日曜日であったがために、鉄道会社の列車緊急停止訓練や、黙祷のつぶやきといった事が行われたのだろう。また、テレビが特番ばかりになってそれを非難する事があったり、前もって予定していたとおりカラオケに行った人もいるだろう。その行動の意義や賛否について、ここで言及できるものではない。 自分の休日を過ごす自由が誰にだってある。そして、様々な黙祷の方法がある。 「日本人のくせに」、という言葉で非難する人もいると思う。しかし、だからといってその自由を奪う理由はない。 平和な世界で罪悪感を募らせた人間が、「平和じゃなきゃ何かを楽しんじゃいけない」って思うから、その裏返しで「戦争のある国・貧困のある国は笑顔も団欒も娯楽もなくて不幸で気の毒だ」って目線を持つ。あのさ。あるんだよ、そういう国にも。ジョークも笑顔も愉快な酔っぱらいも音楽も下心も全部。 ――「日本沈没」(原作:小松左京、漫画:一色登希彦)第7巻より―― 日本人は、素晴らしい協調性を持つ。2011年の今年の漢字「絆」がそれを表しているに違いない。 ただ、その協調性が仇となることも少なくない。 日常的にリンチと隣り合わせになる、ギリギリの生活で協調性を磨いていく。 今日この日、そのリンチを和らいでくれたのが、日曜日なのだろうと考える。 各人が安らかに哀悼の意を表する、喪に服するために、休日になった、日曜にめぐり合ったようで。 ちなみに、その「絆」という漢字が、日本の現状を表しているかどうかはまた別の問題である。 行き場をなくした被災者や、行き場を探している瓦礫に対する、普段の生活を送る人々の態勢。 それを見ると、あまりに滑稽なシンボルになってしまっている。 1年ほど前のこのブログの記事やtwitterでのつぶやきを見た。 3月11日午前6時59分には、折り鶴ができない事を悔いるつぶやきをしていた。 あれから、自分はどれだけ成長したのだろうか。 凝りきって、動かないまま腐りゆくだろう社会を、ただ見ているだけではなくなった。 頭で物を考え、言うようになった。多分。 これから、自分はどうやって生きていくのだろうか。 2010年3月11日、卒業式を明日に控え、来る高校生活に胸を膨らませていた。 色々とありましたが、それから1年後に起きたことなんて、予想できなかった。 2011年3月11日、予想だにしなかった事実を前にして呆然とした。 復興・再建の道のりがどれほどのものになるか、予想できなかった。 そして2012年3月11日、今の予想で行けば、少なくとも大学受験を終えた頃。 その時に、自分がどうなっているのか。この国はどうなっているのか。 実のところ、想像力の欠如に助けられている部分があるようにも思うけれど。 Youtubeとニコニコ動画にUPした震災時の動画を見てみた。 2011年3月11日と12日に投稿した動画です。 Youtube:http://www.youtube.com/watch?v=A5Bv-aqiatE 255,744人が視聴。 ニコニコ動画:http://www.nicovideo.jp/watch/sm13843665 2587人が視聴。 Youtubeに投稿した動画が、こんなに見られるとは思ってもみませんでした。 視聴は日本だけでなく、アメリカ、台湾、ブラジルと海外でもされており、多くのコメントが寄せられました。 ただ、更に驚きだったのは、今でも視聴が行われている、という事です。 過去1ヶ月間に、1701回の再生がなされていました。 更に2012年に入ってからでいえば、2829回も再生されています。 2012年になってから、3月11日に近付いていったことで、回数が増えたようです。 チェコやウクライナなどで視聴されていました… それを見て、「震災」はまだ終わっていないのだ、という思いを強くしました。 今、書いている小説や、今度の定期演奏会でのステージにも込めた思いですが、「震災」はまだ継続している最中なのだ、と考えています。 マスコミでは「忘れない」という言葉が使われますが、あくまでも普段の生活を送る人々にだけ向けたメッセージでしかありません。 現に、未だに3155人が行方不明、34万3935人が避難中。何より東京電力福島第1原発は、首相から発表された終息宣言を信じる者が、どれだけいる事でしょうか。 地震や津波を記録した映像や画像は、いつでも、いつまでも見られるものでなければないでしょう。 それが1週間後であろうが、20年後であろうが、1000年後であろうが、その時に起きるかもしれない、繰り返されてはいけない惨事を、できるだけ食い止めるために。 しかし、この投稿した動画がほとんど見られなくなるような日が訪れるのを、心の何処かで望んでいるのです。 9月1日が、1月17日が、3月11日が、一体何の日であったのか、忘れてはいけないが、それを常に心掛けずに済む事が、いつかできるように、と。 今日、撮影した写真です。 「晴れあがった空へ」 川崎は、大変良い天気に恵まれました。 午後に入った頃には、本当に暖かく、太陽は燦々と輝いて、青い空が広がりました。 下を向くな。影を見るだけだ。 上を向くな。眩しいだけだ。 さあ、前を向け。歩いていけ。 と、自然に背中を押された気分です。 震災後、台風が東北地方を避けていったという事を思い出しました。 間にちょこちょこ更新はするでしょうが、その間に諸問題がどこまで解決するか、この国は、人々は、どこまで成長するか、私自身がどうするか、今はまだ分かりかねます。 私にはただ、それに向けひたすらに努力するしかありません。 それでは。2013年3月11日まで。