大変お久しぶりです。

 

夫との婚姻関係はまだ続いております。

(婚姻関係にあるから”夫”なんだけどね…)

 

その後、夫が仕事でさらに稼いだり、何か大きな事業とつながったりするのを妻として近くで見ていたり、

また、私の家族に不幸があったりと、家族としての繋がりが感じられる場面があったり、と、表向きは関係が修復されたようでしたが…。

 

あるとき、SNSで夫と共通の友人の投稿から、フケ子の現状を少し目にしてしまいました。

 

確かに私は「別れろ」と言ったけど、本当にあれ以来、SNS上でのフケ子との絡みがすっかりなくなっていて。

「あれ以来一切リアクションすらしていないってことは、2人の関係は本当だったってことね。」

と、絡みがなくなることで2人の関係が確実なものになってしまい、気分が悪くなりました。

 

さらに日付によると、夫と表向きには連絡を絶ったしばらくのちに、フケ子、プロフ写真を変えていたんですよね。

 

長い間使用していたのは「ブスが美人ぶって精一杯目を見開いた不気味な写真」だったのですが、その写真は状況証拠からして、飲み会の席で夫が撮ったものに違いないのです。(席表のメモが自室のゴミ箱から外れて床に落ちていたので、それを拾った時に見たのです…)

 

はい。初めて見る方は、他人の御面相を「ブス」だのと、私に対する印象悪いかもしれませんが、はっきり言ってブス、です。

なんというか、どう見ても写りが悪いのに、なぜこれをプロフに?というレベルの写真なのですよ。

 

夫は自称「写真撮るのが上手い」人なので、おそらく飲み会の席で、「俺がとってやるよ、ほら、綺麗に撮れた」とか言っちゃったんでしょうよ? その後交際期間中、「彼に撮ってもらった可愛い私〜!」とか思い込んじゃって、その不気味な写真を使い続けたんでしょうよ。

 

そんなに長い間使い続けた写真を突然変えたので、コメントつけた人もいたんだけど、それに対して、

「気分転換です!」

とか言っちゃってさー。

 

ああそうか。

 

結局、不倫しているやつらって、そういうマインドなんだよね。

うちの夫も含めてさ。

「辞めたんだからもういいでしょ?」って。

(まあ、更に言えばこういうやつらがあっさり縁切ってる訳ないけどな。)

 

「婚外恋愛、破局しちゃいました!テヘペロ!」

くらいのコメント書いてみーやー。

そのくらい図々しい奴なら私も頭おかしい認定してやって、諦めつくんだけどな。

 

あいつら、したたかすぎて本当に吐き気がする。

 

 

さて、そこで私は、今、いかにうちの夫婦が表面的に平穏を取り戻した風であっても、決して私の潜在意識までは誤魔化せないんだな、ということを再認識したのですよ。

 

3chaさんって知ってる?

浮気、不倫エピソードを色々集めて漫画化しているブロガーさんね。

色々なひどいエピソードばかりなんだけど、簡潔にまとまっていて読みやすいので、興味あったら検索してみてください。

 

いくつか読んでみたんだけど、やはり浮気する人って、みんな同じような言い訳するのよね。

言い訳の内容が、明らかにおかしいのに

「だって〇〇でしょ?だからそれは君がこういう風に勘違いしているんだよ?」

みたいな丸め込み方しようとするの。

あれって、自分自身に言い聞かせているんだろうね。

「どうしようどうしよう、でも俺は間違っていない。こういえば大丈夫なはずだ!」ってさ。

 

 

私がこの1年くらい、なんとか乗り越えられそうと思っていたのに、やっぱりどこか不安定だったのって、

心の奥底では「夫の本性は変えられない」っていうのを確信しているのに、

「それでもこういう部分は変わった」

みたいに、ポジティブに捉えようとしていた、「私自身への嘘」に耐えられなくなっていたからなんだと思う。

 

 

私は、結婚してから私が受けた仕打ちによってめちゃくちゃ傷ついていたのに、

 

「でもこういうところは良くしてもらっているし」

「世間ではそんなに珍しいことじゃない」

とか、なんとか私自身の考え方を変えることで、誤魔化そうとしていたんだよね。

 

それはそれで間違いではないよ。

うちの夫、私が片付けできなくても一切文句言わないし。

そういう助けられている部分があるのは事実。

 

でも、それを精神的な虐待を帳消しにする材料にするのはやっぱり違う。

頭が良かったり、顔が良かったり、お金持ちだったりしても、他人を虐げることが正当化される理由にはならないもの。

 

相手は私を虐げていることに無自覚だから、いいところを見て大目に見るなんてやっていたら、本人一生気づかない。

相手自身も、自分がなぜパートナーを裏切り続けるのか?という問題から目を背け、誤魔化し続けているから。

「それでも俺って結構いいやつじゃん?」みたいな歪んだポジティブの上塗りするだけ。

 

一緒になって見ないふりをするのは大きな間違いだった。

 

 

前はここで、

「じゃあ家を出よう」

「離婚に向けて動こう」

とかすぐに行動に移そうとしたんだけど、

その前にやるべきことがあった。

 

自分で自分の心の傷をしっかりと確認すること。

 

「私は夫の不誠実な行動で傷ついた」

「私は傷ついた」

「私はもう傷つきたくない」

 

 

なんかね、今更なんだけど、その段階を完全にすっ飛ばしていた気がして。

 

そこをすっ飛ばしたら、自己肯定感はいつまで経っても身につかないよね。

 

 

なんでそんなことにやっと気づいたかといえば、この本をたまたま読んだから。

 

 

 

 

自分が好きなこととか、楽しいこととか、子供の頃から心を麻痺させてきた私にはわからないのよね。

だから、辛かったこととか、このブログにぶちまけているようで、やはり心のどこかで

「うまくやっていかなければ…」という呪いが解けず、自分の心を無視し続けていた。

 

 

「辛かった」

「誰も私を虐げていい人なんていないんだ!」

 

ってことを繰り返し繰り返し心の中で言っていたら、なんだか少し楽になってきた。

そうしたら、日常生活でもちょっと「いいな」と思えることに気づけるようになってきた。

 

離婚するかどうかは、その先に自然に出てくる答えで、無理に出すものじゃないんだと思った。

 

 

さて、そんな私が最近やっと冷静に2人の関係を見つめられるようになってきたので、それを書こうとおもっていたのですが、前振りが長くなってしまったので、また次の記事で。