前の記事の続きです。


夢の内容に触れる前に、最近体得したことの話をします。


不眠、パニック障害、鬱、ADHD、過緊張などもろもろの精神の問題により、日常生活動作にも不調を来しっぱなしの私の人生でしたが…。


ここ1年、色々とりくんで、だいぶ自分の「自然」な状態というのが分かってきました。


最近やっと、呼吸が出来るようになってきた。

もろもろの不調は、動作時に無意識に呼吸を止めすぎることが相当絡んでいたっぽい。


今までは、細かな作業をするときに息を止めるとか、動作を第一に意識していたのだけれど、最近、「もしかして、何気ない動作の時も意識するのは呼吸で、呼吸しながら、身体の動きを認識するってことだったのかな?」と思い始めた。


呼吸に集中して字を書くと、書くリズムは乱れるが、手は震えない。

もしかして、そういう脳の使い方を鍛えなければならなかったのか、と…。



さて、そんなわけで、ストレスフルだった昨晩、深く深く呼吸をして眠りについたところ、私の意識は私の身体の細胞一つ一つに溶けていったのでした…


夢、で良いんだと思います。



その夢の中で、腸の細胞に黒く、澱んだエネルギーが溜まっているのを見ました。


何者かが私に言いました。


「お前の家族がお前につまらない愚痴を延々聞かせるのは、お前の身体にまだそういうものが残っているからだ。相手を責める前に、まずお前の身体からその毒素を自分の力で抜くべきた。お前の身体にその汚れがあるうちは、それを教えるためにまた同じような状態が引き起こされる。外の世界はお前の身体の細胞一つ一つの現れに過ぎない。」


そして、夜中に目が覚めた。


どこかで聴いたような話ですね。


ただ、体感としてとても納得したのです。


そして、私の呼吸を長年滞らせてきたのも、その被害者意識という汚れ。


人身を健やかに保つには、つまり、そういった「呼吸を妨げる汚れ」を取るだけでいいのではないか…

言い換えれば、呼吸がスムーズであれば、どんな病気も治るんじゃないか? と、感じました。



「気づきをありがとう」

…よく聞く言葉ですが、表面的なその感謝の言葉には、何とも言えない気持ち悪さがあります。


でも、自分の細胞に染み付いた汚れを気づかせてくれた、という体感があると、やはりそれはありがとう、になりますね。



不平不満の捌け口にされている…

そう思ったら、まず自分の中に淀みがないか、徹底的にチェック、ですね。



ちょっとまだ家族を避けたい気持ちから抜けられていないので、体内の汚れ、澱みの感覚とじっくり向かい合おうと思います。