「君は君らしく生きていく自由があるんだ
大人たちに支配されるな
初めから、そうあきらめてしまったら
僕らは何のため生まれたのか?」
初めてこの曲を聞いたのは家族が見ていた音楽番組だった。
若い女の子グループで、
センターの、顔が小さく手足の長い子が強い目線でこちらを指さして歌っていた。
そう、欅坂46の「サイレントマジョリティー」。センターは平手友梨奈さん。
メンバーが横一列になって下を向いているときに力強く拳を上げ、
それに続いてメンバー全員が立ち上がり正面を向いて真っ直ぐに歌っていた。
「夢を見ることは時には孤独にもなるよ
誰もいない道を進むんだ
この世界は群れていても始まらない
Yesでいいのか?
サイレントマジョリティ」
衝撃的だった。図星を突かれたからだ。
それまで、事なかれ的に、周りと衝突しないように、、なんとなく生きていた。
夢があっても恥ずかしいから口にもせず、どうせ無理だと思って、やる前から諦めていた。
けど、心の中には何か、寂しい風が吹いていた。
この曲から
”それでいいのか!それで生きているといえるのか!”
そう、言われた気がした。
震えた。心が、心が震えたのだ。
その夜、YouTubeを漁って何度も何度も動画を見た。人生観が変わった。
動画のコメント欄を見ると多くの人が同様の気持ちを持っている事も分かった。
多くの人がこの曲に、欅坂46に、平手友梨奈さんに共感しているのだ。
以来、欅坂46の曲に注目してきた。アイドルオタクと云うわけではない。
純粋に楽曲に勇気づけられ、励まされて来た。
欅坂46は他のアイドルグループとは明らかに違った。多くのアイドルグループは
いつもニコニコ笑って、明るく、元気。その姿が私には男子に媚びを売っているように見え、
どうしても好きになれなかった。
欅坂46は違った。一線を画すものがあった。
言葉で言えば”大人や、今の社会に対するレジスタンス”だろうか。
その象徴的センターが平手友梨奈さん。
2020年1月23日夜、公式サイトにその平手友梨奈さんが”脱退”すると発表された。
ショックだった。信じられなかった。その日の夜に平手さんがパーソナリティを務めるラジオ
を聞くために、すぐにラジオの前で時間を待った。
「その件については、今は話したいと思わないので、いつか自分が話したいと思った時に
どこか機会があればお話しさせていただこうかなと思っております。」
としっかりとした口調で真摯に話してくれた。
コーナー最後に「黒い羊」が流れ、曲が終わった。
数秒の沈黙と、嗚咽の音。
この曲が彼女の置かれている状況とリンクしている事が伺えた。
その直後、ネットではまるで約束したかのように平手さんのネガティブCPが張られ、
2月16日には早々と坂道研修生が欅坂に6名も配属される事が発表された。
大人たちの都合で事が進められている事があからさまに、いやらしく分かった。
過去の平手さんのインタビューコメント、
NHK・FMでの特集番組「秋元康・三昧」での平手さんと秋元さんの会話、
報道の内容から分かる事実の部分、
それらを合わせて考えると、卒業でなく、脱退を意味するものが推察される。
(いずれも私個人の推察にすぎないけど・・・。)
以下は上記情報から求めた私個人の勝手な推測です。
もし読まれる方がいたら、その点はご了承ください。
何かを本気でやる事によって自分を変えるためにアイドルを目指した平手さん。
その平手さんにインスピレーションを受けて楽曲を生み出した秋元さん。
その楽曲を最大限表現しようとした平手さんと欅坂初期メンバーの21人。
それをお金に換え、次の表現活動に活かそうとした運営会社。
ただ、運営会社は企業体なので、その目的は資本主義に基づき利益追及にある。
運営会社からみると、アイドルビジネスは若い女の子の夢をお金に換えて行く
ビジネスモデルなので、商品であるアイドルグループのブランド鮮度を維持する
ためにメンバーの入れ替えが必要となる。
商品鮮度を維持しながらブランド維持を図るのは自動車会社でも化粧品会社でも皆同じ事。
新商品を出し続ける事によって、現顧客の維持と新客の獲得によって、
会社とその社員、社員の家族は生きていける。
この表現する事に真剣に向き合い、
初期メンバーとの絆を大切にして来たクリエイティブ側(平手さん側)
と欅坂46を一つのブランドとしてマーケティングを行うビジネス側(運営側)との衝突。
その衝突する姿勢から楽曲を生み出してしまった秋元先生。
この負の循環が抜き差しならない状況となって
平手さんの脱退に繋がったのではないだろうか。
普遍性を追求した作品づくりがその時代の商業主義と合わない事は美術史の中にもある。
ゴッホの絵は生前一枚しか売れていない。
草間彌生さんの初めて売れた絵は100ドルだった。
表現芸術と商業美術はその時代性にギャップがある事が往々にしてある。
脱退発表から約一か月経ち、私もやっと事実を受け入れる事ができるようになった。
そして、平手さんからのインスピレーションで秋元さんから生み出されて来た
欅坂46の数々の楽曲が
まさに平手友梨奈さん自身を表現している事も私なりに分かった気がする。
「全力で走ったせいで、息がまだ弾んでいた。
自分の気持ちに正直になるって清々しい。
僕は信じてる。世界には愛しかないんだ。」
全力でアイドルを走り、初期メンバー21人との絆を繋げていった「世界には愛しかないんだ」
「昨日とちがった景色よ
生きるとは変わること
君はセゾン」
出会いがあれば、分かれもあり、その変わりゆく事が生きる事そのものと歌った「二人セゾン」
切ない曲。けどその儚さが自然の定めであり、美しさでもある。
「不協和音を
僕は恐れたりしない
嫌われたって
僕には僕の正義があるんだ
殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然
支配したいなら
僕を倒してから行けよ!」
社会に当たり前にある同調圧力。事なかれ主義。
クオリティに多少問題があっても見てみない振りして先に進む事、
それらに対する徹底した抵抗。
妥協しない作品づくりへの姿勢が垣間見える「不協和音」。
その後、シングル曲は「風に吹かれても」、「ガラスを割れ!」、「アンビバレント」と繋がり、
その一方で初期メンバーの卒業も相次いだ。
平手さんにとって大切なメンバーが色々な事情で抜ける事となり、
常にセンターを務める平手さん自身のけがや体調不良も続き、
はたから見てもその心身の疲労が見えた。痛々しい程に・・・。
最後となったシングルが「黒い羊」。
なぜだろう、この曲は何度聞いても泣いてしまう。
「黒い羊 そうだ僕だけがいなくなればいいんだ
そうすれば止まってた針はまた動き出すんだろう?」
強引に時計を進めたいなら僕がいなくなればいいんだろう、だなんて
まるど、その時の平手さんの状況を物語ってはいないだろうか?
しかし、クオリティを落としたくない平手さんの主張は続く。
「白い羊なんて僕は絶対になりたくないんだ
そうなった瞬間に僕は僕じゃなくなってしまうよ」
そして、黒い羊でありながら同調圧力に屈して白い羊
の仮面を被った羊達に主張する。
「自らの真実を捨て 白い羊のふりをする者よ
黒い羊を見つけて指をさして笑うのか?
それなら僕はいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう」
デビュー曲のサイレントマジョリティから続くメッセージが
最後の曲でも断固として変わらない。
今振り返れば、平手さんはこの時から脱退する覚悟があったのではないだろうか?
PVのエンディングのバックに雑踏の音が入るが、その中に平手さん自身の声の
「バイバイ」が入っていた。意味があるように思う。
東京ドームコンサートにはこの「黒い羊」は歌われなかった。
その代わり、長く封印されていた「不協和音」がアンコール曲として歌われた。
そのパフォーマンスは圧巻だった。
コンサート最後で体力もほとんど残っていなかっただろうに、
力強い表現力で会場全体を引き付けていた。2期生も必死に食らいついていて、
時代が変わった事も感じさせた・・・。
アンコール曲の2曲目、ドームコンサートの最終曲が
平手友梨奈さんのソロ曲「角を曲がる」だった。
欅坂46のカリスマで、絶対的センター、平手友梨奈。
全シングル曲でセンターを勤め、絶えず注目される。
ネットでは勝手な意見が飛び交い、イメージ像やファンが求める像と云うものが交錯し、
勝手な偶像が生まれていた。
この曲は周りがいつの間にか勝手に決めた平手友梨奈像に対する
平手友梨奈さん本人からの訴えに聞こえた。
「らしさって一体何?」
「みんなが期待するような人に
絶対になれなくてごめんなさい
ここにいるのに気づいてもらえないから
一人きりで角を曲がる」
歌いきった時の平手さんの今にも泣きそうな表情。
今まで、随分と葛藤があったのだろう。
上記のような様々な問題もあり、欅坂46平手友梨奈としては行動できない。
平手さんは平手さん自身の道を行く為に、今、この角を曲がる。
初期から見て変わっていく欅坂46への決別の曲。
その様に私には聞こえた。
てち、お疲れ様です。
そして脱退とは云うけど、卒業おめでとう。
今後も自分の表現を貫いてください。
角を曲がった先に何が待っているのかは私は知らない。
今あるラジオパーソナリティもあと4回で終わってしまう。
今後、その姿に接する事ができるかどうかも、新たな歌声を
聞けるかどうかも分からない。
ただ、私は私自身としてはっきりと分かる事が二点ある。
一点は、平手友梨奈さんをこれからも応援していく事。
そのお姿やお声を聴ける事が無くなったとしても、応援して行くことに変わりはありません。
もう一点は、平手さんが表現して来たこれまでの楽曲のメッセージを私自身も貫く事。
私も絵描きと云う表現者の一人だが、絵はほとんど売れず、生活は厳しい。
かといって、表現芸術から商業美術に寄せる事は絶対にしない。
私は私自身の表現を探求し、貫いていく。
先は見えない。私も何度も角を曲がるだろう。
けど、その角の向こうに新しい何かが待っていることを思い、恐れずに進む。
この二点ははっきりと分かる。
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