こんにちは、城西校の Nice Guy です。
この前の土日にセンター試験が行われましたね。実は午後7時ごろ鹿児島大学の近くを車で移動中だったのですが渋滞に巻き込まれてしまいました。そうです。試験終了時と重なり、おそらく迎えの車が一挙に集中していたのでしょう。
「おい、青少年よ。歩くなり、公共の交通手段を使うなりしなさい。」
「おい、親達よ。子供達をあまり甘やかすではない。」
なんてことをいらいらしながら思うことでした。(自分も車に乗っているくせに人間は勝手なものです。)
翌日、新聞で英語の試験を見ながら、鹿児島県のセンター試験の平均点(昨年度)は全国でもかなり下の方だったことを思い出しました。そこから、何で鹿児島県がそんなに下位なのかについて考えてみました。(自分の高校時代『つまり、ん10年前』、鹿児島は教育県と言われ、実際大学入試の結果は全国的にもかなりのものでした。特定の高校だけが優秀でもこういう全県的な結果は出ません。つまりどこの高校でも自分の将来の夢に向かって努力するという風土があったように思います。)様々な理由を皆さんは考えるでしょうが私には次に挙げることが頭に浮かびました。
①自己規定が強すぎる。
即ち、「あの高校は成績優秀な人が行く所」「自分が通う高校はこんなもの」「あの人達は勉強する人達」「自分達はどうせやっても出来ない」「そこまであくせくしなくていいと思うし、したくもない」などという風潮を今の高校生には感じる場合がありますし、実際にこういう言葉を聞いたことも何度かあります。
②敗者復活戦の意識が足りない。
自分の境遇に甘んじているし、1回挫折するとそれでもう全てが終わってしまったかのように錯覚している。たとえ挫折があったとしてもやはりそれを乗り越えることこそ価値があると私は思うのですがみなさん、如何でしょうか。何回だってやり直しはきくのです。ましてや、まだ十代だとしたら尚更です。
生まれ(家が裕福だとか、親が社会的に高い地位を得ているとか)に関係なく自分の意志で出来るのが努力です。『この点に関しては教育の機会均等という大きな課題が現状には残っていますが』
『目指せ、努力の天才』これは私達育英ゼミナールが夏期講習会で掲げたテーマだったのですがまさにこの言葉が全てを言い表しています。
もっと柔軟に
「今は確かにこうだけど、先にはこうなりたい、こうありたい。」
という考え方をしてほしいと思います。つまり逃げずに今の自分を見つめてその時点から何が出来るかを考えることが必要だと思うのです。
そんな君達を私達は出来る限りバックアップしていきたいと思います。
頑張れ学生諸君!
See you.