こんにちは!
全国各地で、緊急事態宣言が解除され少しずつではありますがこの状況も改善に向いているのかと思います。
前回中学生時代から僕の受験を振り返ると書き残し、ブログを締めくくったわけなのですがせっかくなので中学受験時代も少し振り返っていきたいと思います。
僕は小学校は地元の公立小学校で幼い頃から公文塾に通っていました。また両親ともに教育熱心だったこともあり『トップクラス問題集(文理)』という中学受験向けの問題集を小学校低学年の頃より親と一緒に解いていました。
そして小学4年生の時大手中学受験向けの塾である「浜学園」に入塾しました。公開学力テストという浜学園内の模試の成績も当時は良かったので、とりあえず灘中学を目指してみようということで僕の中学受験はスタートしました。
成績はしばらくずっと順調でいい時は公開学力テストで全国5位に入ったとこもあり、灘中クラスにも在籍していて順風満帆に思えました。
しかし小学6年生の夏を境に僕の成績に変化が訪れます。
中学受験とは振り返ってから思うともちろん当人の素質も必要かもしれませんが、最も大変なのは親のサポートだと思います。例えば今はあるかわかりませんが当時の浜学園は「ミッドナイト特訓」という地獄(笑)の特訓があり、塾長が出す問題を解ききるまで帰れないというそれこそテレビ番組のような特訓がありました。
もちろん終電がなくなる可能性があるので保護者のお迎えが必須です。
僕の家は両親共働きなのですが僕の母親は毎回ちゃんと迎えにきてくれました。
それだけでなくもちろん塾は毎日夜まであるので日々のお弁当作りも必要ですし、予習復習のチェックも親がちゃんとしないと小学生なので中々自分で出来ません。
そういった親の干渉がなければ乗り越えれない試験が中学受験なのです。しかし当時の僕は小学生。それも6年生となると反抗期が重なってしまい、そういった親の干渉を煩わしくなってしまいました。今思うと、とんだ親不孝ものです...
当時の僕の言い分としては、親は共働きで自分にほとんど構ってくれないにも関わらず勉強のことだけやいやい言われ、成績が悪くなると怒られる。それに加え僕が灘を受けるということは一族中に知れ渡っていたので、親戚と会ったり祖父と電話するたびにその話でもちきり。正直大きなプレッシャーを抱えると同時に僕は勉強に嫌気がさしてしまっていました。
そんな中なんとかやりくりしてきたのですがついに小学6年生の夏大きな転機が訪れます。
長くなってきたのでここから先を次の記事に書かせて頂きます。僕はどうなってしまったのか(笑)次回お楽しみに!!!!!
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