「いたぞ」
紺色のパーカーを着た男が一人で、パソコンを操作しているのが見えた。こんな暑い時期に上着を着るとは、ひねくれた奴だ。白い仮面を被っていて、素顔が分からない。ヘッドホンをしていて、こちらの様子に気付いていないようだった。
「あいつがハッカーか? 俺より年下に見えるんだが」
「間違いない」
俺と島谷は男に少しずつ近づいた。しかし、すぐに気付かれてしまった。
「俺ガドコニイルカ特定シテシマウトハナ、島谷」
この不気味な声は……! あの放送で聞いたやつだ。
「一人、邪魔者ガ入ッタヨウダナ。オ前ハ誰ダ」
怪しい男が尋ねてきた。
「お前から先に名乗ったらどうだ」
「俺ハ、行方不明ニナッタト騒ガレテイタハッカーダ。ツイ最近マデハ正義ノヒーロー扱イサレテイタノダガ、飽キテシマッタ」
「どうして急にこんなことをしたんだ」
「イツマデモ正義ダト思ワレルノモ辛イノデネ……マサカ正義ノハッカーガ街ゴト爆破シヨウトシテイルトハ誰モ思ッテイナイダロウナ」
ハッカーは人の不幸を喜んでいるようだった。
「島谷、オ前ガ大人シク、ユリネニヤラレテイレバ、爆破スルヨウナコトハシナイノニナ」
「ちょっと待て!」
俺は叫んだ。
「話が違うじゃねえか!! 島谷はここへ来たんだぞ!!」
「俺ハ島谷ノ屍ヲ見ナイト気ガ済マナインダ。手始メニ、オ前ラガ通ウ高校ヲ爆破シテ――」
島谷が背後から、ハッカーのパーカーを掴んだ。
「!?」
「それはさせたくねえな」
島谷は、ハッカーを椅子から転落させ、強引に仮面を奪った。憎しみを込めているような倒し方だった。
ハッカーの素顔が見えた。ところが、それはどこかで見たことがある顔だった。
「……ここは?」
ハッカーは立ち上がり、不安そうに辺りを見回した。声も不気味ではなく、聞いたことがあるものだった。
「園口(そのぐち)か?」
「あれ、村倉先輩!?」
ハッカーは俺を見て驚いていた。ハッカーの正体とは、中学時代の陸上部の後輩である、園口 光太だった。園口は現在、中三だ。
島谷は溜め息をついた。
「貴様、園口って言ったっけ」
「は、はい……」
「本当にクズだな」
俺はその一言を聞いて、怒らずにはいられなかった。
「ちょっと待て、園口は俺の後輩だ! こいつは多分操られていただけなんだ!! 元々悪さをする奴じゃない」
「そうと言い切れるかよ」
島谷は冷たく言い放った。
「えっと……僕は何をしていたんですか」
「そうやって記憶を無くしたように偽るのか」
「違います、本当に分からないんです!」
園口は何が起こったのか分かっていないようだった。
「仕方無えな、最初から教えてやるよ、アホ。お前の最後の記憶は何だ」
「僕が外にいたら……スーツを着た女の人に連れ去られて……変な仮面を被せられた辺りから、記憶がありません」
「貴様はその後、ハッキングして、幾多の個人情報を抜き取った。要するに、貴様はハッカーではなくクラッカーになっていたということだ」
俺にはクラッカーの意味がよく分からない。
「その上、この街を爆破しようとした」
「!?」
「クズの極みだな」
園口の体が震えた。泣いているようだ。
「島谷!! クズって言い方は無いだろう!」
「貴様が犯人を庇うとは、落ちぶれたもんだ」
「今何て言いやがったお前……」
「もういい、二度と俺に構うな」
島谷は捨て台詞を吐いて、去ってしまった。
「せ……先輩……」
園口は涙声で言った。
「僕に関わったって良い事はありません……もう見捨てて下さい」
その声は、絶望に満ちていた。
「園口、正直に言え」
「やっぱり、先輩は僕を信じてなんかいなかったんですね……」
選ぶ言葉を間違えて、少し罪悪感が生まれた。こいつを傷つけたら駄目じゃないか。
「そういう意味じゃない。俺はお前に何を言われようと信じるし、見捨てるつもりはない」
「嘘なんか言わないで下さい……どうせ僕は後で裏切られるのに」
園口は人間不信に陥っているようだった。俺が中学を卒業する前と、態度が違う。俺が中学生だった頃、園口はもう少しだけ明るかった。
「お前がどう思うかは勝手だけどさ、俺は今まで自分が言ったことは守る。……お前は街を爆破しようとする気は無かったんだよな?」
「……はい。操られていただけです」
「よし、分かった。とんだ災難だったな、園口」
「えっ」
「お前が変な奴らに目をつけられるほど、パソコンに強いとは知らなかった。凄いじゃねえか」
警察官が役場の三階まで入ってきた。園口はそれを見て動揺した。
「せ、先輩……僕、捕まるんですか」
「心配するな、本当のことを言えば大丈夫だ」
俺達は小声で話した。警察官は俺達に近づき、尋ねた。
「君は……村倉君だね。さっきは君のお陰で銃を持った女を逮捕できた。協力ありがとう」
「いえいえ」
「ところで、そこにいるのは行方不明になっていた園口君じゃないか。どうしたんだ」
園口は恐る恐る答えた。
「実は……僕はさっきまで操られていたんです。ハッキングしたり、街を爆破しようとしたのも僕です」
警察官は驚いた。
「君は正義のハッカーとして活躍していただろう……どうしてこんなことを」
「これのせいです」
園口は床に落ちている仮面を指差した。
「何だ、ただの仮面じゃないか。これがどうかしたのか」
「すいません、ちょっと被ってみても良いですか」
園口の無実を証明するために言った。
「ああ。一度やってみてくれ」
俺は仮面を被った。
――しまった。この街を爆破しなければ。島谷は処刑されずに終わってしまったしな。俺は急いでパソコンの前に座った。
――あれ、この街を爆破するパスワードって何だったっけ。考えている間に、弱そうな男に仮面を外された。
「ん?」
俺は何故かパソコンの前に座っていた。つまり、園口の無実を証明するのに成功した。
「恐ろしい仮面だ……」
警察官は再び驚いた。
「園口君、君が操られている間にやったことを全て解除することはできるか」
「……はい、やってみます」
園口はパソコンに向かった。
