史上最大の国際テロ組織アルカイダの首謀者ビンラディンが捕捉、殺害された。米国は勿論、日本の各紙もこのニュースを一面トップで飾った。衝撃的なビッグ・ニュースである。各紙とも、ビンラディンの死は、反国際テロ闘争の大きな節目だが、これでアルカイダのテロが終熄することもないということでは一致している。その通りだと思う。
 しかし、徐々に「真相」が明らかにされつつあるとはいえ、依然として謎が多い。それにも関わらず、性急な議論が目立つ。丸腰のビンラディンを射殺すべきでなかった、パキスタン政府への事前通告をすべきだった、来年の米大統領選挙でオバマ有利といった類の主張である。

 今回の事件を評価する上で、忘れてはならない最も重要な事柄は、アルカイダをはじめとする国際テロは、その動機が何であれ、正当化できるものではなく、許し難い無法な大罪であるということだ。
 勿論、国連憲章の目的や原則、更には911以降採択された安保理決議(1368、1373、1377)違反でもある。安保理決議では、国連憲章が認める個別的或いは集団的自衛権もテロ対策として肯定している。そして国際テロに対しては、感情やイデオロギーに走らず、冷静にかつ緊密な国際協力で闘わなければならないことも異論はあるまい。
 
 まず事前通告1つとって見ても不明なことが多い。
 パキスタン政府は、実は事前に知らされていて、表向き「事前承認なしは遺憾」との声明を出すことになっていたのかも知れない。或いは、パキスタンに知らせれば、極秘作戦が事前にビンラディン側に漏れる可能性が高いと判断する何らかの根拠があったのかも知れない。さらに、同政府は、彼の潜伏を黙認していたのかどうか、またそう信ずるに足る何らかの根拠があったのかどうかも不明だ。
 もし、パキスタンが国際テロリストであるビン・ラディンの国内潜伏を知っていて滞在させていたなら、安保理決議違反だ。国際社会が事前通告の不作為以上の厳しい措置をとっても正当化される。
 
 また、ビンラディンは、武器を持っていなかったと伝えられるが、武器不所持が判明した前後の状況が重要だ。
 武器不所持が判明したのは射殺前か?その確証があったのなら、それでも射殺に踏み切った状況は何か?いつものゆったりとした服装なら簡単に武器を隠せると思われるし、或いはどこか身近にあると見るのが常識だろうが、現場の状況が不明だ。
 逮捕、訴追できるに越したことはないが、相手は、何千人もの無辜の民を殺戮する大罪を犯した男である。想像を逞しくすれば、
武器は不所持でも、爆発物のスイッチを所持している可能性もあり、それを事前に確認する余裕がなかったかも知れない。

 
 また、この作戦を命じたのがオバマ大統領の就任早々だったとの報道が真実ならば、次期大統領選を計算して実行したわけでもあるまい。しかも、これから選挙まで1年半もある。その間、何が起こるか分からない。また、勝利にとって死活的に重要なのは、テロよりは経済だろう。
 
 要するに、政治的発言はさておき、今回の作戦を、証拠不十分のまま、憶測で断ずるのは控えるべきだ。
 現時点ではっきり言えることが1つある。10年もかけて至難の目標を特定し、他国で短時間に極秘作戦を成功させる恐ろしいほどの能力は、驚嘆するほかない。こんな国は敵にまわしたくないものだ。