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今日は、「死生観」のお話をしたいと思います。

 

これは、とても抽象的で見えにくい、誰にもわからない話なのでわかりにくいかもしれません。

 

まぁ、何かの考えるきっかけにしていただければと思います。

 

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「死生観」

 

「生死観」ではなく、「死生観」なのも興味深いですよね。

 

※「死」という文字を使いすぎて何かに引っかかってしまってはまずいので、カタカナに書き換えていきます。

 

 

「生きる」ということがどういったことであるかは、前の投稿でもすこし触れてきました。

 

では、なぜ、自分がこの世に生を受けているのか。

 

それは、もちろん両親の卵子と精子が結合したからです。

 

しかし、それは、体外的な要因ですね。

 

 

自分の意識や意思はそこにはなかったのか?

 

 

ここを吐き違えると議論の内容が大きく異なってしまいます。

 

 

「自分の意識や意思は大いに関係しています。」

 

 

「いつどこの誰のもとに産まれるかは自分で決めています。」

 

 

ここからが「シ生観」である由縁です。

 

三次元的な肉体としての自分として生きるために、その前の次元の自分とはシしてサヨナラするわけです。

 

 

「シして、新たな生を成す」

 

 

これが「シ生観」です。

 

 

氣になるのは、三次元的な肉体の前の存在って何やねんということです。

 

それは皆さんがよく知る、お空や宇宙、意識、神、愛、光、素粒子というやつです。

 

 

つまり、そういった目に見えないものから、自分の肉体に「移ってきた」ということです。

 

わたしは、わかりやすく「意識体」と表現しています。

 

 

前回の投稿で、意識が現実を創っているというお話をしました。

 

つまり、わたしたちの肉体も意識が構成しているわけです。

 

 

「あなたは、なぜ、あなたなのですか?」

 

 

「あなたが、自分のことをあなただと知っているからですよね?」

 

 

つまり、意識があるからです。

 

 

肉体があるから意識があるのではないのです。

 

意識があるから肉体があるのです。

 

 

つまり、意識がわたしたちを生かしているのです。

 

ということは、意識がわたしたちをシなせているのです。

 

 

そんなあほなと思われるかもしれませんが、わたしの考える「死生観」でした。

 

 

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ご覧くださり、ありがとうございました☺🙏

 

 

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