古代中国には、「天変地異は為政者の不徳によるもの」とい
う説がありました。これを「天人感応説」というのですが、実は
日本も古代においてはそれを信じておりました。
ということで、昨日の続きになります。長屋王の呪いとも思わ
れるタイミングで大地震と天然痘の大流行により、彼を陥れた
藤原4兄弟が相次いで病死しました。
これによって大いに心を痛めたのが、聖武天皇です。ただでさ
え天人感応説を信じていた上、4兄弟のでっち上げを信じて無
実の長屋王を追い込んでしまったことにも責任を感じていたよ
うです。
従ってあらゆる災害は、天が為政者である自分へ罰を加えたよ
うなものと、自らを戒めました。そこで「天に対して謝罪する方法」
を考えるわけですが、そうなると結びつくのは宗教です。聖武天
皇は為政者である自分が仏教を手厚く保護することで、社会が
天からの戒めを解かれ、平和になると信じたのです。
そこで天皇は、東大寺大仏のみならず、東国までも出向いて日本
の各地に国分寺を建立し、仏教に帰依したのでした。
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