空飛ぶ呪術師・役小角は実は新羅の王になっていた!? | 山科薫マニアックな世界を楽しみましょう

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山伏、修験座の元祖とも言われる役小角、この人の逸話は、

事欠きません。

 

伊豆に流罪になったものの空を飛んで脱出した、とか、神様

を子分にしていたとか、別な神様にパワハラをして死罪にな

りそうになったがその時も空を飛んで脱出して行方をくらまし

た。

 

その他「超能力エピソード」にあふれています。こうなると、架

空の人物にも思えてしまうのですが、実在の人物です。となる

と、多分に意図的なものが、感じられてしまいます。

 

これらのエピソードが現実のものであったとはいくら何でも思え

ず、何か目的や特殊な事情があって意図的にフィクションをつく

り上げなくてはいけなかったのではないかという疑惑と興味。

 

そんな謎を解明するような説が、実はあります。役小角が新羅

の王になっていたという説です。

 

役小角が「妖術で人心を惑わせた」という罪で伊豆に流罪にな

った年に日本は、朝鮮半島の新羅と海戦をして勝っています。

そしてそれにより、日本は入唐のルートを確保しました。

 

海戦時の新羅の王は「日本大嫌い」の孝昭王でして、日本は戦

いに勝ってこの王を追放し、聖徳王を即位させています。この聖

徳王の正体が、役小角だというのです。

 

役小角の伊豆流罪は見せかけで、実は新羅との戦いを任せてい

たということです。

 

聖徳王と役小角の年齢は、非常に近いです。そして聖徳王にな

ってからの新羅は、日本と極めて親密な友好関係を築いていま

す。

 

役小角は単なる呪術師だっただけでなく、田畑や山林などを多く

所有し、土地に支配者で人々を治める「地方政治家」でもあった

というのです。

 

『日本霊異記』では役小角の本名を「高賀茂朝臣」と記していま

す。役小角の後半生を演出したのは文武天皇なのですが、文

武天皇は高賀一族の女性とも関係を持ったとされます。

 

その時の高賀一族で文武天皇と関係を持った女性が産んだ子

が高賀茂朝臣、即ち役小角だったとすれば、彼は文武天皇の

実子だった可能性も強く出て来ます。

 

そうなると、全ての辻褄が合うのです。この説は小林恵子さんと

いう方が唱えているそうですが、今はまだ少数派の説とされてい

るようです。

 

しかしその少数派の説が、最も現実的。まあこの説も個性的でな

いとはいえないですが、空を飛んで行方をくらましたとか神様を子

分にしていたとか、別な神様にパワハラをして死刑を宣告されたな

どという話よりはよっぽど信憑性があり、人間社会の現実を感じさ

せる説だと思います。私はこの説を信じた上で、掘り下げてみたい

と思います。