「暗中模索」という言葉、よく使われます。「何から手をつけ
て良いかわからず色々ともがいている様子」を指していま
す。
ただこの言葉が誕生した中国の書物には、許敬宗という
慌て者の人物が、「俺みたいな慌て者でも、曹植や謝霊
運と出会えたら暗中模索したってわかるさ」と言う場面が
あります。
「暗中模索」という言葉は、「暗闇の中でも手探りをすれば
わかる」という意味でした。
日本に伝わってからは、「わかる」という部分が省かれてし
まい、手探りの状況だけが意味として残っている気がしま
す。
しかし実は日本でも、必ずしもネガティブな意味では終わっ
ていない気がします。というのは、「今は暗中模索の段階だ
けど・・」みたいに、途中段階を伝える時の表現として、主に
使われているのではないでしょうか?
つまり、「光明は暗中模索の末に見出せる」といった希望的
観測が前提として、使われているようです。暗中模索は成功
までの、或いは成長までの、前段階という意味での言葉とし
て、アレンジされているように、思えます。それを教訓に、ぜひ
ポジティブに暗中模索をしたいですね。