一昨日のXに2PMのサインと写真が
貼られていた豚足屋さんが
ポストされていました。

一目でわかった チーム長さん。



日本に初めて来た2PM
その時から彼らを支えてくださった
マネージャーチーム長さん。

彼のことは忘れられません
👍


✨豚足屋さんの2PM✨ 

 




過去ブログより



[スポーツソウル、イ·ジソク記者] MNHエンターテインメント。 大衆には見慣れない会社名かも知れないが、最近歌謡界では珍しい中小企画会社の成功事例に挙げられる。 ここはプロデュース101出身の女性ソロ歌手の中で、現在まで最も成功的な歩みを見せているチョンハの所属事務所だ。

MNHを率いているイ·ジュソプ代表は、「履歴が変わっている。 JYPエンターテインメントで2PMマネジメントチーム長を歴任した彼は、MNHを設立する直前、天安で1年間パン屋を運営した。 彼は「JYP出身」として学んだことが少なくないと話した。

MNHを設立した後、ソウル城山洞の人通りの少ない町、1階にクリーニング屋がある粗末な建物の地下室を保証金3000万ウォン、家賃150万ウォンで借りて、そこでチョンハを育てた彼は、4月に新しいガールズグループを発売する。 イ代表は新しいガールグループに対して「メンタルだけは世界最高」と力を入れて話した。

次はインタビューの全文。

-歌謡マネージャーをどうやって始めることになったのか。
元々の夢はロッカーだった。 20才の時、ロックボーカル学院に通って「私が音楽では食べていけない」ということに気づいた。 「私の音楽性など、あらゆる面でプレーヤーになるのは難しそうだった。

実力は優れているが、光を見ることができないアーティストを助けようという考えで、いくつかの意見が合う彼らと2003年に小さな企画会社を立ち上げた。 当然、音楽ビジネスに対する理解度が不足し、会社は1年も経たないうちに廃業した。

製作者になるためにはどうすればいいのか悩んだ。 音楽、マーケティングなどは勉強すれば良いと思ったが、マネジメントは自らの努力だけで体得できない分野だという気がした。 05年頃だが、SMエンターテインメントとJYPエンターテインメントで採用公告を出した。 両方とも志願したが、SMは落ち、JYPに合格して入社することになった。(笑)

軍隊で将校だったが、除隊する時の中位月給が当時税金を差し引いて150万ウォン程度だった。 JYPに初めて入ると、月給100万ウォンのうち、試用期間だと言って80万ウォンをくれた。 最初は戸惑ったが、やりたい分野や学びたい分野だったので、楽しく働いた。 JYPで9年ほど働いた。

-JYPでどんなアーティストのマネジメントを担当したのか。
アルバムチームに入社したが、当時演技者チームで人材が足りないと言って3年半ほど派遣に行った。 主に子役、新人演技者を演じた。 私が小学校1、2年生の子供たちを連れて行けば、放送局などで私が父親だと知っていた。

グループ2PMを2008年のデビュー時から2013年まで務めた。 職責はチーム長だったが、最初の1年程度は経験を積むために一日2~3時間だけ寝て現場マネージャーとして走った。 運転も直接した。 ワゴン車1台にメンバー全員を乗せて全国を走り回った。 6年間、2PMの始まり、頂点、峠などを共にした。 私の人生ですべての情熱とエネルギーを注いだ時期だ。

-2PMの最全盛期も一緒だったが、大変な時期も経験した。 --「危機管理」などをどうしたのか。
本当にできないことがなかった時代も経験し、いつも良いことだけがあるわけではないという事実も学んだ。 危機管理をどうすればいいのかも分かるようになった。 私はマスコミの対応ができないのに、何か事件が起きると記者たちが私に電話をかけ始めた。 当時はそれが怖かった。 誤って電話に出て「よく分かりません」と話したが、その言葉が私の同意なしに録音されテレビに出てくるのを見たりもした。

-JYPの「リスクマネジメント」はどうだったか。
JYPがリスクマネジメントは本当によくやったと思う。 間違った部分があれば認め、謝罪し、速やかに後続措置を取った。 そんなことを正確に守っていった。 嘘をつかず、正面突破で確実に進行するのを見て「こうすればいいんだ」と悟った。

もちろん、正攻法が常に100%通じるわけではない。 しかし、今のような時代には情報が100%公開されるので、避けたいからといって避けられるわけでもない。 JYPのやり方が最近よく合うと思う。

---最近も2PMのメンバーを見ているのか。
仕事をする時はプライベートでは合わなかった。 このごろは会えば友達のようだ。 気楽で格式のない良い友達だ。 私が見たその年次、キャリアの芸能人の中では2PMメンバーが一番人が良い。

---最近、JYPが勢いに乗っている理由は何だと思うか。
まず、コンテンツを上手に作る。 JYPは「コンテンツ職人」のような会社だ。 コンテンツ一つだけに没頭する。 他のところに目を向けず、コンテンツだけに集中する。 だからうまくいっていると思う。 以前は「なぜ他のことはせず、これだけするのか」と疑問に思う時もあったが、最近見ればそのようなコンテンツ製作ノウハウが積もり積もって会社の核心力量が日増しに強化されるようだ。

-JYPはワンダーガールズ、ミスA、TWICE、ITZYなどガールズグループの制作に特に強みを持っている。 理由は何だと思うか。
いろいろ考えてみたが、まず新人開発チームの力が優れているようだ。 キャスティングディレクターなどの部門に良い人材が多い。 JYPが追求する人材像に符合する人材を正確に見つける良い耳と目を、新人開発チーム全体が持っている。

そして、パク·ジニョンプロデューサーの勘そのものがあまりにも優れている。 パク·ジニョンプロデューサーのメイキング能力がガールズグループに最適化されているのではないかと思う。

-同じ会社にいた時に見たパク·ジニョンは。
本当に芸能人だ。 自分の仕事を徹底的にこなして、それだけを考えて生きる人だ。 自分に与えた役割を忠実に、頑張る人だ。

パク·ジニョンプロデューサーを見ながら学ばなければならないと思った点が本当に多い。 例えば、朴ジンヨンプロデューサーはコンテンツを作る時、曲と振り付け、スタイリングを別に置くのではなく、一つと見て悩む。 全体を企画する時、すべてを統合して判断し、決定する姿が印象的だった。 そして、誰よりも自己管理に徹底している。 JYPのすべての芸能人がすぐ近くに自己管理の手本になるロールモデルを置いているわけだ。

---JYP出身の制作者という自負心はありますか。
もちろんあります。 僕はものすごく多くのことを JYPで学びました。 今、小さな会社を運営していますが、価値観とマインドは大きくて広いと思います。 JYPで見て、学んで、聞いたことが とても役に立ちます。 JYP出身というのはきっといい看板です。

-マネージャー出身の制作者の強みは何ですか。
マネージャー出身の制作者は、放送やメディアのPRに強みがあります。 しかし、変化する時代に合わせる必要はあります。 以前はコンテンツを作れば、放送PRを通じてイシューを起こすことが重要でした。 マーケティング要素はその次でした。 しかし、最近は順番が違います。 製作後、マーケティングが先に始まった後、放送PRなどマネジメント要素が後押しするパターンです。

しかし、放送PR分野は依然として重要です。 放送局を知らなければできないことが依然として多く、放送の力が以前のようではないと言うが、確かに健在です。 製作会社の立場では依然として非常に重要な広報ツールです。 マネージャー出身の製作者は誰かを経ずに放送局と直接仕事ができるというのが思ったより大きな長所です。

そしてマネージャー出身の製作者はアーティスト管理能力が優れています。 現場で何が起こっているのかよく知っているので、統合的に管理することができます。

-中小企画会社がますます難しくなる環境ですが。
アイドルだけを見ると、中小企画会社が耐え難い構造です。 巨大資本が着実に投入されれば、いつか爆発する可能性が高いが、中小企画会社はそれが不可能です。 アイドル1チームがうまくいかないと、中小企画会社はすぐにふらつく。

しかし、ニッチな市場は確かに存在します。 資本にとらわれない、音楽だけで勝負するミュージシャンのための市場があります。 そのような面では必ず大きな会社だけが生き残ると見るのは曖昧です。 また、ますますマーケティング、広報ツールが増える傾向にあります。 このような環境の変化は、中小企画会社に有利な側面もあります。

monami153@sportsseoul.com

<MNHエンターテインメントのイ·ジュソプ代表です。 写真|MNHエンターテインメント提供>

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