ヘリテイジのブログ

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 前回と前々回はマレーシアのクアラルンプールから近い2つのユニークなモスクを紹介しました。今回からは、マレーシアから南に飛んで、このブログの世界遺産シリーズでも取り上げたバリ島の世界遺産には登録されていない場所を3回に分けて紹介します。今回はバリ島の東の部分です。

 バリ島と一口に言っても、意外と広くて愛媛県と同じくらいの面積になります。鉄道なぞはありませんから、島内の移動は車になりますが、オーバーツーリズムの影響もあってか、特に夕方などは思ったよりも時間がかかります。今回紹介する場所は、早朝の4時に出発して12時間かかって回ったところです。

 

 

 

 最初に訪問したのは、ランプヤン寺院で天国の門というインスタ映えするといわれている門があるお寺です。空港近くのホテルから東北東に2時間ほどひた走りお寺の麓についてみると、すでに多くの車が駐車していて、たくさんの観光客が居ます。どうもほとんどが西欧人で日本人は見当たりません。バリ島というと日本人観光客に人気のある場所ですが、団体ツアーでは行かない場所なんでしょうか。早朝に行くのだから、日出を見るポイント化と思ってましたが、目玉の天国の門というのは西向き、東側には小山があって日出は望めません。残念ながら、gp全中は曇っていて、眺めがいまいちでしたが、晴れていれば天国の門の向こう側にはバリの山々が望めるようです。それでは、なぜ早朝かというと、お寺に行く道は一本しかなくて狭いため昼間に行くと大渋滞になるからだそうです。多くの観光客が何かを待ってるようなのですが、これは天国の門で写真を撮る順番待ちで、撮影担当が鏡を使って門の手前に池があるような写真を撮ってくれます。

 

 

 

 
 すっかり明るくなって少し西に移動するとティルタ・ガンガという水の宮殿があります。1946年にバリの王族によって作られたもので、美しい庭園と庭園に置かれた彫刻、それに庭園の主役の泉で構成されます。40年ほど前にパッケージでバリ島を訪れたときに案内された水の庭園は、水浴場がある宗教施設のような記憶しかありませんが、こちらの庭園は広大で明るい感じがします。池の中には飛び石があって、この上に立ってみたい衝動にかられますが、周りの池の推進は思いのほか深いようで、飛び移るのは危険とのことでした。

 

 

 
 さらに戻ってくるとアラス・ハルムというコーヒー農園があります。いろいろなコーヒーの木が植えられていて、試飲もできます。生のコーヒー豆を食べてコピ・ルアクを作るジャコウネコも寝そべっていました。農園の裏には斜面に作られた大きなブランコがあって載ることができます。女性客には真っ赤な長い裾のあるドレスを貸してくれて、これを着てブランコに乗ると、まかkな裾が緑の中に広がって絵になります。

 

 
 最後は島の中央部に近いところにあるトゥカド・チュブンの滝です。回廊状態になった岩の突き当りにある滝で、午前地位に行くと上からさす太陽の光のシャワーが神秘的な光景になることで有名なのですが、訪れたの午後なので、その光景は眺められませんでしたが、暑いバリ島の中で清涼感を味わえる場所の一つでした。

 コピ・ルアクというのは、生のコーヒー豆をジャコウネコが食べた後に排泄される未消化のコーヒー豆の核の部分を取り出して焙煎したものです。インドネシアに行くと、バリ島以外のボルブドゥール近くでもジャコウネコとコピ・ルアクを見ました。ジャコウネコが居てコーヒー豆が採れる場所でないと作れないんでしょうが、インドネシアではこの条件を満足する地域が多いのでしょう。ジャコウネコは臭腺から分泌される粘液が香水の原料になることで有名で、ソおジャコウネコの体内を通過してきたことで、独特の香りがするのがコピ・ルアクで、希少価値があって高価です。動物性の香水原料は単体では消して良い香りではないそうで、植物系の香りと調合することで、香り高い香水になるのだそうです。香りの要素というのは数値化がむつかしいようですが、香水の良し悪しは人間のみぞ判断できる事象でしょうか。

 インドネシアの世界遺産の紹介はバリ島から始まりましたが、今回はバリ島から飛行機で1時間半ほどのジョクジャカルタにある「ジョクジャカルタの宇宙論的軸線とその歴史的建造物群」です。この世界遺産は多くの構成要素を含みますが、筆者が訪問した王宮クラトンを中心に紹介したいと思います。

 
 ジョクジャカルタの空港はかつては市街地に隣接して居ましたが、手狭になったからでしょうかインド洋に面した市街地から遠く離れた場所に引っ越してしまいました。市街地から列車で30~40分もかかり不便です。その空港で時間が余って行ったのが空港の西にあるマングローブ園でした。配車アプリのGRABで行ったのですが、マングローブの林は残っていましたが、園は廃業して、周りには民家もありません。仕方なく空港に戻ろうとGRABで車を呼びましたが応答なし、仕方なく空港の方向に歩いていくと、途中で呼び止められてトラックに乗せてもらえる交渉をしてくれ高田が現れて、何とか空港に戻れました、感謝感謝です。世界遺産の構成要素として王宮から延びる軸線の延長上のインド洋が含まれていますが、廃園したマングローブ林の向こうには軸線から少し西寄りでしたが、波の砕けるインド洋が望めました。

 

 

 

 

 

 

 
 さて、王宮クラトンですが、12年前に訪問して、今年が2度目でした。王宮18世紀に創建され、現在の建物は20世紀初頭に建てられ何度かの地震の後に修復された物です。周りを城壁に囲まれて現在も現役で王族の住まいとして使われています。このためか、公開されている場所が限られるようで、それも変わるようです。12年前は、門を入って左手奥の建物が公開されていましたが、今回は規制線が張られていました。建物もきれいで、ステンドグラスもあって、王族の生活を垣間見る感じでもう一度見たかったのですが、今回は違った建物で陶器などが博物館風に展示されていました。大広間のスリマンガンティでは、12年前にはガムラン音楽の演奏を聴けたのですが、今回は週間予定では伝統舞踊の日でしたが、時間が来ても広間の端に楽器が静かに置かれているだけでした。

 

 

 

 
 王宮の西南方向には水の離宮があって、かつては王様が水浴する美女たちを眺めていたのだそうです。3つのプールがあって、周りを城壁状の建物で囲まれています。周りは密集民家群で、離宮のところだけぽっかりと空が空いてるといった感じです。今回の訪問では、水の離宮から北に少し行ったところに地下通路への入口があって、近くにいたガイドさんらしき人に尋ねたら「水の宮殿への抜け道」とのこと。現在では行き止まりのようですが、王様は何かあったときには、この地下通路を通って逃げたのかもしれません。この水の離宮を初めて訪れたのは40年近く前ですが、ガイドブックにも載っていなかったような施設で、プールには水はない空っぽ状態で、観光客も見かけませんでした。

 ガムラン音楽というのは、人間の耳には聞こえないような20kHzを越える高い周波数を含んでいて、このような音楽を聴くと脳のα波が増えてリラックス効果がみられるそうです。耳では聞こえていない音がどのように認識されているの不思議です。音楽を聴くのはCDが一般化していますが、このCDは音をディジタル化するときのサンプル周波数を44.1kHzにしていて、アナログ音源を20kHz以下にカットしています。人間の耳で聞こえるのは20kHzまでとの理論からですが、これでは、通常仕様のCDでガムラン音楽を聴いてもα波は増えないかもしれませんね。

 広島の海田町は宿場町としての面影は残っていませんが、三段跳びを世に知らしめた織田選手の出身地といえば親密感が増す場所でしょう。織田選手の功績をたたえるために2つのモニュメントがあり、その一つが代々木講演陸上競技場の織田フィールドです。代々木公園は、明治神宮に隣接して、都心とは思えない緑豊かな場所ですが、明治神宮の森の北端から山手線を東に越えると、新宿区の繁華街とはちょっと違ったレトロな町並みが残っています。今回はこ「ほぼ新宿のれん街」を紹介します。ほ

 
 JR代々木駅南口の地下通路を東に抜けて地上にはい上がってくると、後方には新宿湘南ラインの土手があって、壁に沿って南に歩きます。道路は右手にカーブをし、そのs期には悪名高き新宿湘南ラインの踏切があります。かつては開かずの踏切ではなかったのですが、埼京線や新宿湘南ラインへの相鉄乗り入れなどで、ラッシュ時にはかなり「開かずの」になるようです。この踏切ができたときには、この踏切を通過する電車の本数は多くなかったので、踏切の上を通過する中央線とも立体交差が必要な高架化はやらなかったようです。

 

 

 
 さて、ほぼ新宿のれん街は、踏切のほうには曲がらず直進したところにある広場が入口の一つになります。ぼ新宿と言われるように新宿の中心街とは1kmも離れていないのですが、町の様子がまったく違います。筆者は飲めないので、新宿の飲み屋街を知らないのですが、おそらくその飲み屋街とは一風違うのではないのでしょうか。なぜに。このようなレトロな町並みが残ったのか?おそらく新宿の中心街ではなかったからではないかと思います。提灯がたくさん並んでいたり、歌舞伎の招きのようなお品書きが掲げてあったり、井戸までありました。おそらく夜は酔客であふれるのでしょうが、昼間に訪れると、郷愁を誘う懐かしい景色が広がります。

 このレトロな風景と異質な建物がドコモびるで、町並みの後ろにニョッキリと頭を出しています。都内と埼玉県南部とをカバーできる場所として、たまたま空いていた新宿貨物駅の跡地に2000年に就航しています。このビルはエンパイヤステートビルを模したという設計だそうで、新宿の雑踏の上にそびえているのは、それなりに絵になっるようですが、上層に窓がなくて不気味な感じもする鉛筆のようなビルはレトロな町並みには無粋です。

 現在の携帯電話は、数多くの基地局を作って、一つの基地局のカバーエリアを狭くしています。一方、自動車電話と呼ばれた頃の移動通信は、少ない基地局で広いエリアをカバーしていました。これは、携帯電話の需要が爆発的に増えて、そのトラフィックをさばくには、基地局を増やしてカバーエリアを狭くして、その中の通話数を少なくしないと持たないからです。カバーエリアを狭くするために、隣の基地局と電波干渉しないように、電波を水平より下向きに発射しているようです。基地局が増えたので、電波が受からない不感地帯はほぼ無くなりましたが、自動車電話のころには建物や地形の影響で、けっこう通話できない場所があったようです。日本を代表するホテルの車寄せで通話できないといった事件もありました。

 前回は、マレーシアの行政首都のプトラジャヤをピンク・モスクを中心に紹介しました。プトラジャヤはクアラルンプールの南に位置しますが、西に位置するシャーアラムにはブルー・モスクがあります。あでやかなピンク・モスクに対してクールな感じのブルーのモスクもなかなか美しいモスクの一つで、このモスクを中心に紹介します。

 

 

 

 

 

 

 
 シャーアラムは、首都のクアラルンプールの西30kmくらいに位置するセランゴール州の州都の都市です。国営の自動車工場で発展した街だそうですが、日本人にはあまりなじみのない街ですが、ブルーモスクの存在で、日本人の観光客が行くようになったようです。クアラルンプールから公共輸送機関で行くのはかなりめんどうなようで、KTLコミュータでシャーアラムまで行って駅からタクシーに乗るか、バスで行って終点から歩くしかないようです。筆者は、プトタジャヤに泊まっていたので公共輸送機関は諦めて配車アプリのGRABで往復しました。ブルーモスクはイスタンブールの物が有名で、歴史もありますが、こちらのモスクは1988年に完成した新しいモスクです。しかし、規模は世界で4番目、東南アジアで2番目、140mを越えるミナレットは世界屈指です。圧倒されるのは規模ではなく、ブルーを基調にした美しさで、世界遺産のイスタンブールのモスクよりも見ごたえがあります。

 

 

 
 トルコのブルーモスクが正式には、スルタンアフメト・モスクというように、こちらの正式名称はもっと長くてスルタン・サラディン・アブドゥル・アジズ・モスクと一度では覚えきれません。先に述べましたが、訪問するのは日本人ばかりとかでしたが、筆者の時は日本人は我々とクアラルンプール駐在の奥様との3人だけ、残りは中国人らしい一段でした。自由に中には入ることはできず、訪問客が集まったところでガイドさんがつれていってくれます。それでは、なぜ日本人が多いかと調べたところ、日本のガイドブックやSNSで取り上げられたためで、外国のガイドブックには乗っていないとのこと。訪れた日本人の評価は賛否両方で、素晴らしいと感動する方と、わざわざ足の便の悪い(半日つぶれます)、周辺に何もないところまで行くだけの価値はないと人とが居ます。プトラジャヤのピンクモスクと半日ずつ回って比較するのも面白いかな、というのが筆者の感想です。

 イスタンブールのブルーモスクの青は壁の青いタイルのためでしたが、マレーシアの色の素の大部分は青いステンドグラスです。もちろん外壁やドームの青はタイルを張ってあると思いますが、ステンドグラスの青が作り出す内部空間は神秘的でもあり華やかでもあります。ところで、ガラスって物理学的には結晶構造ではない液体だそうで、IT部品として基盤には使えても、素材にはなれないんです。ただ、タイルもガラスも、孫基本成分は半導体を代表するケイ素(Si)の酸化化合物なんですが。

 スリランカの世界遺産は前回のゴールで、ゴールでしたが、今回からはインドネシアの世界遺産のいくつかを紹介します。最初はバリ島で、構成資産は5件ありますが、全部は回り切れなくて、そのうちの3件を紹介します。バリ島には、世界遺産には登録されていませんが多くの観光拠点があって、それらの紹介は「世界の町並み」シリーズで紹介したいと思います。

 世界遺産の5件のうち2件が棚田です。一つはウブドにあるテガララン・ライステラス、もう一つはテガラランから西北西に15kmほどのジャティルイ村のライステラスです。

 

 

 

テガララン・ライステラス ↑

 

ジャティルイ村のライステラス ↑


 バリ島の棚田は千か所を越えるほどあるそうですが、この中でテガララン・ライステラスは最も古い灌漑システムを持つ棚田と言われています。この灌漑システムはトリ・ヒタ・カラナと呼ばれるヒンドゥー哲学に根差したもので、神・人・自然の調和をもたらすという宇宙観だそうです。この哲学に基づいて作られた水利組合をスパックと呼び、スパックによって管理された水によって灌漑水路が作られ、9世紀ごろから数多くの棚田が作られたそうです。わが国にも能登半島や小豆島で棚田を見ましたが、バリ島の棚田は、トリ・ヒタ・カラナという哲学思想の素に管理された灌漑システムを持つ棚田ということで世界遺産に登録されたようです。

 

 

 
 残りの一つはタマン・アユン寺院です。18世にに造営された王立の水の寺院で、バリ島最大の水の寺院です。三角形のファサードを持つ入口の内部は、水路で囲まれた長方形の境内があり、おびただしい数の塔が林立しています。棚田の灌漑といい水の寺院といい、バリ島は見ずにまつわることが多いようです。ところで、バリ島は世界3大オーバーツーリズム観光地と言われていて、島内のどこに行っても観光客だらけでした。タマン・アユン寺院は世界遺産のお寺ですから、当然ながら喧噪の様相と思いましたが、人っ子一人おらず静寂の世界でした。朝の9時というのが幸いしたのかもしれませんが、境内で瞑想にふけることも可能かもしれませんでした。

 高い場所にある棚田に水を運ぶのは大変なことと思いますが、バリ島ではどのようにしているのでしょうか。標高の高いところに水源があって、用水路を作れば自由落下するんかもしれません。途中で使われなかった水は最下層まで流れて川や海に注ぎ込むのでしょうか。ちょっともったいないように思いますが、この水を高いところに再び持ち上げることができる永久機関の話を思い出します。これまでいろんな仕組みを考えた人がいて、中には著名な科学者もいるようです。エネルギー不滅の法則から、永久機関は存在しないことが証明されていて、永久機関と称するものは、途中で泊まってしまったり、目に見えないところから恵那るぎーを吸収していたようです。コンピュータを数多く収容するデーターセンターは大きな消費電力で付近の環境破壊を引き起こすと、反対運動が起こっていますが、コンピュータも永久機関で鵜画家ないでしょうかね。