いつか、出会う君へ。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

 不意に、何かに呼ばれたような気がして振り返る。でも、そこには誰も無く。いつもと変わらぬ風体の僕の家がただそこにあった。
「――格、どうした?」
「いえ、何でもありません」
 声を掛けられ、僕は小さく頭を振った。少し感傷的になっているのかもしれない。家を出て、独りで暮らす。たったそれだけの事なのに、何故か後ろ髪を引かれるような気持ちがするのは何故だろう。新生活への不安、それだけでは片付けられない何かが僕の中に存在しているのだろうか。
 僕は小さく笑って、今一度僕が生まれ育った家を見上げた。別に、もう二度と戻れない訳じゃない。何も特別な事は無い。ただ、家を出て一人で暮らす。たったそれだけのことだ。
「行きましょう、零一兄さん」
 僕の呼びかけに小さく頷き、敬愛する従兄は車に乗り込んだ。

 高校、大学と自宅から通える所に進学した僕は、独り暮らしと言うものをした事が無かった。今まで特に必要性を感じていなかったし、僕の両親も強いてそれに対して異議を唱える事も無かった。けれど、こうして家を離れて生活しなくてはならなくなった今、それがいかにありがたい事だったのかを思い知らされた。
「友達には、今日の事は連絡しているのか?」
 見慣れた景色が流れていくのをぼんやりと眺めていた僕は我に返る。それまで黙って車の運転に集中していたと思われる従兄が不意に発した言葉に、僕は『友達』と呼べるような親しい知人がいたかどうか、そんな事を思って苦笑う。
「はい。親しかった数人には…。またあちらで落ち着いたら、挨拶状を出そうと思ってます」
 そう答え、1人の人物が脳裏に浮かんだ。……結局、彼女には今日の事は伝えそびれてしまった。彼女の存在があったからこそ、今の僕があると言っても過言ではないその人に。



 彼女と出会ったのは、高校に入学して間もなかった頃だった。出会いは……今思い出しても、どうしてあのような事が起ったのかよく分からない。ああ言うのを偶然のイタズラとでも言うのだろうか、階段を昇っていた僕は階段を降りてくる彼女と…その、ある接触事故を起こした。
 事故当時の彼女の様子から、彼女自身は全く気付いていなかったのだろう。その事に関しては、僕も今さらどうこう言うつもりもないし、もう過ぎた事だ。ただの偶然の産物、きっとそうなんだろう。

 けれどその事故をきっかけにして、僕らは知り合いになり。そして、やがて僕は……彼女と言う存在から目を逸らす事が出来なくなってしまった。
 出会えば挨拶を交わす程度の知り合いから、やがては休日を共に過ごす友人へ。彼女と共に過ごす時間が何よりもかけがえのないものへと変わり、無意識で彼女の姿を探すようになった。

 思えばあの頃の僕は、定められた物事に従う事が全てで、それこそが正義なのだと信じて疑う事も無かった。杓子定規で頭でっかち、陰でそう言われている事も知っていたけれど、正しい事だけが全てでそれらから反する事は全て悪、だった。
 当時の級友たちにすれば、僕は相当付き合いにくい人間だっただろう。そんな僕が、彼女への想いが何なのかに気付くのに時間がかかったのも、仕方が無い事なのかもしれない。僕は……彼女に、恋をしていたんだ。

 それに気がついたのは、皮肉な事に君の気持ちを知ったからなのだけれど。僕が君を眼で追うように、君は彼の姿を眼で追っていた。

 君は僕にとってかけがえのない存在で、君が笑顔でいてくれるならそれでいいと思った。
 君が望むなら、友達と言うポジションでいようとそう決めた。
 僕は恋愛のアドバイスなんて何一つ出来ないけれど、話を聞くことくらいはできる。
 それで君の気持ちが楽になるのなら、いくらでも話を聞こうと――。

 でも、君が他の男の事で苦しみ悲しんだり笑ったり。その感情が僕に向けられる事が無いのが分かっていたけれど、どうしようもない想いが僕の中に生れて――。
 いっそ君の傍から離れようかと思った。恋と言うものがこんなに苦しいものならば、君から離れる事でそれから逃れられるのならば。

 けれど、それすら出来なくて。辛くて苦くて切なくて。僕を見て欲しい、いっそ君を奪ってしまえたならば。――そんな度胸なんて、どこにも持ち合わせてはいなかったけれど。

 だから、高校卒業の日に君の想いが叶った時は少しほっとした。僕の中で渦巻く感情も、君が幸せになってくれれば諦めがつくと思った。そして、何より君が幸せそうに笑ってくれる事が嬉しくて――少し、苦しかった。
 同じ教室に机を並べる事も無くなるから、君の幸せそうな笑顔を見る事も君の惚気話を聞く事も少なくなるだろう。時折聞かせてもらう君の幸せそうな日々に、きっと時間が僕のこの青い熱も冷ましてくれる。そう、思ったんだ。

 そして僕らは、今も時折連絡を取り合う『良い友達』だ。その君に連絡を入れずに、この街を離れる事にしてしまったのは……まだ、少し君への気持ちが残っているせいかもしれない。



 零一兄さんが運転する車は、いつの間にか駅へと到着していた。改札前で礼を言い、敬愛する従兄と別れた。
「しっかり頑張るように。困った事があったら、いつでも電話しなさい」
「はい。ありがとうございます」
 一礼して改札を抜ける。春とはいえ、少し肌寒い。ホームの人影はまばらだ。大方の荷物はあちらへ送ってしまったから、僕の手荷物は小さなカバン一つだ。唐突に、これから見知らぬ土地で一人で生活していかなくてはいけないと言う実感が湧いてきて、心が揺らいだ。
 この街の景色が、君と見た風景が、紙芝居のように脳裏に浮かんで――。
「氷上君!」
 聞き覚えのある声に呼ばれ、振り返るとそこには息を切らせて立つ君の姿があった。
「どうして…」
 驚いて声を失う僕に、君は何故か怒ったような顔をしてツカツカと近付いて来る。そして、手に持っていた紙袋を僕の鼻先に突きつけた。
「もう!どうして今日が出発の日だってちゃんと連絡しといてくれなかったの?お陰でちゃんとしたものが用意できなかったでしょ!」
「え?いや、それは、その…」
「今朝、ゴミ捨てに出たら氷上君のお母さんに会って教えてもらったの。すっごいビックリしたんだから!」
 捲し立てるように一気に吐き出した君は、そこで息を大きく吐いた。そして、改めて僕を見つめる。高校の頃はしていなかった化粧、彼から貰ったアクセサリー。けれど、あの頃と変わらない、真っ直ぐな瞳で。
「黙って行っちゃうなんて、酷いよ」
「ごめん、連絡しそびれてしまったんだ。落ち着いたら向こうから手紙でも出そうかと…」
「うん。ちゃんと連絡ちょうだいね。あと、こっちに戻って来る時もちゃんと教えてね?」
「ああ、もちろんだ」
 そう答えると、君はようやくふんわりと笑った。これも、あの頃から変わらない――僕の一番好きな、君の笑顔。
「これ、お餞別。急いで用意したから大したものじゃないけど…」
「気を使わせてしまって済まない。ありがとう」
 差し出されていた紙袋を受け取ると、ホームに電車が入ってきた。出発の時間が近い。チラリと時計を気にする僕に、君がすっと手を差し出した。
「元気でね。行ってらっしゃい。帰って来る時は、絶対連絡ちょうだいね」
「ああ。…ありがとう」
 差し出された手を握り返すと、君は照れ臭そうに笑った。

 発車のベルが鳴り響く。車両に乗り込むと、君と僕の間でドアが閉まった。ゆっくりと走り出す電車。思わず窓に近寄って小さくなっていく君の姿を見つめた。君は、小さく見えなくなってしまうまで僕に手を振ってくれていた。



 君に出会えて、僕は本当に良かったと思う。君と出会う前の僕は、定められたものを正義と振りかざしてそれを他人にまで強要する融通のきかない堅物だった。君が、君との出会いが僕を変えてくれたんだ。
 どうしようもなく付き合いづらかっただろう僕に、根気よく笑顔で接し続けてくれた君。君と出会えた事を、僕は誇りに思う。

 だから、僕も進んでいこうと思う。君が僕に与えてくれた暖かい想いを、今度は僕が誰かに与えられるように。

















 朝から何度も着替えては鏡の前に立ち、その度に君は僕に意見を求める。
「ねえ、これでいいと思う?変じゃない?」
 どんな服を着ても、君は君。どれもとても似合っていて、とても可愛いのに。そう伝えると、君は何故か頬を膨らませた。
「もう、それじゃ参考にならない」
 そしてしばらく考え込んでようやく決まった今日の衣装は、最近新しく買ったばかりの春色のワンピース。久し振りにかつてのクラスメイトが集うからと言って新調したばかりのお気に入りの服を選ぶなんて、随分な気合いの入りようだね?誰か気になる人でも来るのだろうか、と少し妬けてくる。やっぱり僕もついていこうかな、なんてうそぶいてみる。
「ダメ。今日はプチ同窓会なんだから」
「同窓会なら、かつての担任が同席したっておかしくない。そうでしょ?」
「ダーメ。そんなかしこまった同窓会じゃないもん。親しい友達の集まりだから、貴文さんは来ちゃダメ」
 朝から何度目かのやり取り。その度に君は何故かわがままな子供に言い聞かせる母親の様な顔になる。その様子がおかしくて、僕は聞き入れてもらえないと分かっている要求を拗ねた口調で繰り返す。
 数回目のダメ出しにいじけて見せると、君は呆れたように笑った。
「何度言ってもダメですよ?貴文さんが来ちゃうと、みんなが『先生』に気を遣っちゃうでしょ?」
「はぁ…。先生差別だ…」
「何言ってるんですか。もう、子供みたい」
 クスクス笑いながら、君は時計を見て慌てた。
「いけない!遅刻しちゃう。じゃあ、行ってきます。ちゃんとお留守番してて下さい」
「はーい…」
 あんまり僕がしょんぼりした風を装っていたから、君は困ったように笑って。どうしてそんな風に拗ねているのかと問いかけられた。
「だって…君があんまりにも気合を入れてたから。彼が羨ましくなったんだ」
 今日の集まりは、彼が久々に帰郷すると言う連絡が入ったからでしょ?君は少し鈍感な所があるから気がついていなかっただろうけれど、僕はちゃんと気がついていたよ。君と彼が僕の生徒だった頃、彼がとても優しい目で君を見ていた事。彼の視線の先に、君がいつもいた事を。だって、彼と同じように君をずっと見ていたから。そして、彼の立場をとても羨ましく思っていた。人目をはばからず君の姿を探せる彼。君への想いを誰にも咎められる事の無い、同級生と言う立場の彼を。
 そんな事を言えば君はきっと困って固まってしまうだろうから、言わないけれどね。僕の胸の内を知らない君は、何言ってるのとまた母親のような顔で笑った。
「じゃ、行ってきます」
「うん、ゆっくり楽しんでおいで」
 春色のワンピースの裾をふわりと翻して、君は軽やかに笑った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



mixiでいったんUPしたものに加筆&タイトル変更したもの。


 あの空 流れる雲 思い出す あの頃の僕は
 人の痛みに気づかず 情けない弱さを隠していた

 気づけばいつも誰かに支えられ ここまで歩いた
 だから今度は自分が 誰かを支えられるように


今さらながらにハマったある曲のワンフレーズから浮かんだSS。
色んな人から貰った優しい気持ちを、いつか誰かに返せますように。



   人気ブログランキングへ