オットが以前から聖地エルサレムに行きたがっていたものの、情勢が心配で、子連れの旅先にするのは気が進まなかったのですが、オットの熱意を汲んでやっと行くことにしました。
イスタンブールからは✈️2時間ほど
私、イスラエルには13歳の時に行ったことがあり、ほぼ30年ぶりの再訪です 光陰矢の如し
その時は、敬虔なクリスチャンな祖母との、イスラエル全土の聖書にゆかりの場所を周る巡礼旅行でした。
祖母はイスラエルに生涯で6、7回は行った人。
そんな祖母に小学生の私が、死海で浮いてみたいというミーハーな理由から、「私も行きたい〜」と軽く言ったところ、大喜びで連れて行ってくれることになったのでした。
いわゆるこんな写真を見ましたよね
祖母は、私を2歳くらいから、教会⛪️(プロテスタント)の日曜礼拝に連れて行ってましたから、私が「イスラエルに行きたい」と言い出すなんて、神のお導きと思ったでしょうね。
私自身、物心ついた時には、自分はクリスチャンだと思っていました。
毎晩ベッドでお祈りをしてから寝た🙏し、家族揃っての夕食では、私が家族代表で食前のお祈り✝️を担当してました。
両親と祖父はクリスチャンじゃないんですが、ちゃんと手を組んでつき合ってました😅
中学校からはミッション・スクールに入り、毎朝の讃美歌と聖書📚の時間、週二のチャペル🔔での礼拝、週一の聖書科の授業(期末・中間テストも)あり、クリスマスやイースター🥚には特別礼拝……という生活になりました。
運動会🏃♂️や始・終業式、入・卒業式だって、牧師による祝祷で開始し、祈りで終了するほどだったんですよ
校庭でこんなのをやってから運動会開始。でも好きだった、こういう世界w
制服はイギリスの修道女の服をもとにしたデザインで、映画『天使にラブソングを』の見習い修道女ロバートの衣装に似てました。
そういや、あの頃あの映画も大好きでしたわ〜
もちろん頭巾はありませんよ✋冬はブレザーを着るので、普通のスカートに見えました。
いや、こう書きながら思い出すと、ガチのクリスチャンでしたわね、私😁
そもそも私の名前はかなり宗教色の強い漢字を使いますが、父(無宗教)がもっとも有名な讃美歌や、キリスト教の教えから発想を得たのは明らかです。
ここまで書いてくると、家族の中で唯一のクリスチャンだった祖母の影響力すごいな
そんな私ですけれども、ビックリなことにですね、洗礼を受けていなかったんです
もちろん信仰が1番ですが、理論上はクリスチャンじゃなかったってことですよ
祖母の「お前が18歳とか20歳とか自分で判断できる歳になって、洗礼を受けたいと思ったらしなさい」という方針によるものでした。
子供の頃の私は水が怖かったので、洗礼式もちょっと怖く、先延ばしされてホッとしてました💦
ところが、実際にその年齢になってみたら、思いがけないことが起こりました。
思春期の自分探しのなのかで、宗教面でもモヤモヤしていた私は、15歳でトルコに興味を持ち、16歳でトルコへの交換留学の奨学生に選ばれました。
「トルコの宗教、イスラームについても知っておかねば!」と思い立たった私はマジメだったねぇ〜、
なぜか「5分でわかる!イスラム教」みたいな入門書でなく、よりによって井筒先生の抄訳『コーラン』を手に取ります。
これがあまりにも衝撃でして。
私のそれまでの宗教的な疑問やモヤモヤが、ぜんぶ鮮やかに解決したんですよ
それまで自分の中で、疑問を考えて「本当はこうじゃない?」「実はこうだったら良いのに」と辿り着いた仮説みたいのが、そっくりそのままクルアーンに書いてあった‼️
そう言われれば確にそうだ❗️と目から鱗なことも次から次に。
え、イスラームって私が思う神様そのもの、真理そのものじゃないか‼️とビックリ仰天したんです。
「私はどちらかというとクリスチャンより、ムスリムなのではないか?」と思い始めたのですが、もちろんすぐに飛び込む勇気も確信も持てません。
どっちつかずで数年が過ぎた20歳のある日、思いがけず背中を押される機会がトルコであり、シャハーダ(信仰告白=ムスリムになるための唯一の儀礼)をしました。
20歳になったら、洗礼を受けるはずが、ムスリムになってしまいました
祖母が洗礼を保留しててくれたのは、このための運命だったのかなと今は思います。
だけど、キリスト教の基礎知識が無ければ、いきなりクルアーンの抄訳を読んでも理解できないだろうから、クリスチャンとして過ごした経緯は、私にとって必要なものでした。
(イスラームでは、同じ唯一神を信じているユダヤ教とキリスト教のトーラーと聖書も聖典と見なしていて、クルアーンはそれらの内容を前提とした上での神が語りかけている)
キリスト教に影響を受けてつけられた私の名前の漢字、何とクルアーンのほぼすべての章の冒頭にあり、ムスリムがあらゆる行動を始める際に唱える「バスマラ」の日本語訳に2回も登場します。
(=アッラーの美名のうち2つ)
今は、生まれつきのムスリム・ネームのように感じています。
というわけで、30年近い月日が流れ、三つの宗教の聖地エルサレムに再び降りたったわけですが、以前はクリスチャンとして、いまはムスリムとして、違う立場と目線で見ることができました。
いつもよりさらに長ったらしい上に、多くの人がアレルギーあるであろう😅宗教的なハナシのプロローグにお付き合い頂き、ありがとうございます。
それでは、イスラエル旅行記、はじまり始まり〜♪