失って初めて、その重大さ、その大きさに気づくというのは自分の人生で珍しいことではない。

 

そうならないように、大事な何かを失う前に、時には命をかけてまで大切にしないといけないと思うのに、現実にはなかなかできないのが私の愚かさである。人に対しても、ものに対しても。そして雲の上の人である超大物有名人に対しても。

 

この事実を改めて突きつけられのが、昨年10月8日に逝去された谷村新司さんのことでだった。

 

報道を知ったのは、1週間以上がたった10月16日の日中。

たまたまツイッターを開いて、真っ先に飛び込んできたニュースだった。まさかと思ったが、この知らせを心の奥底で覚悟していたところも全くなかったとは言えない。人間ってもんは、自己防衛本能が働くというか、かなりの臆病であまりにショッキングなことが起きた時に深く傷つきたくないから。

昨年3月に入院されたときはショックだったけど、しばらくして復帰されるとだけ思って気にしていなかった。だがその後まもなく飛び込んできたのが、年内のディナーショーも早々とキャンセルになったという報道。この報道は3月よりもショックの度合いは大きかった。こんな形でのキャンセルの報告は、ずーっと表舞台で何十年も第一線で走り続けてこられた谷村さんの人生でなかったことだろうと思った。情報量が少ないから何もわからなかったけど、よほどご体調がお悪いのだろうということだけは簡単に読めてしまう知らせだった。

ご逝去を知らせる記事を読んだ瞬間、私の脳裏、心の奥底で何かが決定的に崩れ去っていった。こんなことがあっていいのかと思った。絶対に信じられない、信じたくないというのは何も私だけであるまい。少なくとも一般人は誰もが嘘だろうと思ったことだろう。

 

実を言うと私はそれまで、谷村さんの「熱烈な」ファンではなかった。いや、興味ないとかそういうのではなく、一度もコンサートにもライブにも行ったこともないという意味で。この偉大なスターに、何かのきっかけでお目にかかったことだってないのだから。無論、今振り返れば当然悔やまれる。

確か、3、4年ほど前、谷村さんの作詞に魅了されて以降、一度、アリスのコンサートに行かねばと思ったものの、それも今や叶わず…。

 

現在34歳の自分が物心ついた時には谷村さんはすでに有名人。というか、「音楽家:谷村新司」というビッグネームをいつ自分が知ったのかすら記憶にない。私の中では物心ついた時から、谷村さんは「昴」を作った偉大なる音楽家というイメージが刷り込まれていた。ま、そのほかにも10代の頃は人並みにテレビ番組を見ていたし、アリスでのご活躍、「いい日旅立ち」、「サライ」、「チャンピオン」…などなど、名曲を数多く生み出した方ということは知っていた。

そんな自分が、初めて谷村さんのソロアルバムを手に入れたのは20歳をすぎてからで、今から10年以上前のことだった。何かきっかけがあったというわけではなかったが、やっぱり谷村さんの名曲をちゃんと聴いておきたいと思ったからだった。だから、「22歳」、「忘れていいの」、「ダンディズム」、「三都物語」はその頃に知って何度も聴いていたのだった。

そのあと、アリスのアルバムも二枚ほど手に入れた。

きっかけは「秋止符」、「涙の誓い」を聴いて、即刻好きになったからだった。その前に、「遠くで汽笛を聞きながら」にも衝撃を受けていた。今や、CD購入をしなくても気軽に名曲にアクセスできる時代。それなのにCDを購入したのだからやはり特別なのだった。このころには、谷村さん=天才というイメージが確実にインプットされた。その詩の世界にノックアウトされていた。成人して初めて、その数々の詩を繰り返し読みこんで涙したくなった音楽家の方だったかもしれない。

 

繰り返すが、今思えば惜しいことをしたと悔やまれてならないが、逝去されるまで私は谷村さんの熱烈なファンではなく、ただ歌を幾つか聴いてすごくいいなーって思って、この方は天才!!っていう強烈な印象がインプットされていただけだった。

 

だがそのご逝去を知って、私は強烈に谷村さんの存在を意識するようになっていた。ああ、あの不世出の音楽家であり大スター、天才が世を去られたのか…という衝撃だけが私の心を占拠していた。でもある意味でそこまで動揺はしていなかった。この方はたとえこの世を去られても、永遠にその功績は刻まれ、その名は残り続けるという確信があったから。

ご逝去を知っても実感が湧くわけはなかった。昨年12月のお別れ会にも足を運んだがその時もやはり実感はなかった。今も実感などないし、今後何年も経っても実感など得られるわけもないだろう。何しろ、実際に谷村さんが歌われる姿を目にしたことすらないのだから。

 

そんな私ではあるが、ただ無意識のままに昨年からずーっと、暇さえあれば、いや、暇を無理やり作って、谷村さんの過去の映像をネットで検索しては視聴していた。

有名曲「忘れていいの〜愛の幕切れ」の小川知子さんとのテレビご出演時のデュエット映像はそれこそ10年ぐらいから何度も視聴したものであったけど、やっぱり最強のデュエットだった、やっぱりいいってつくづく思う。

発売当時の1984年ではなく、1990年代の映像だと思うけど、後年の歌唱ほうがお二人とも明らかに深みが増しているっていうのかな…。

もちろん、小川さんの胸元に手を入れる演出もやや過激なのは言うまでもない。それよりもこのお二人のスターとしての存在感、ハモりの素晴らしさは、昭和のデュエット曲の中でも指折りで素晴らしかったと感慨を新たにした。自分は今までは演出の過激さに目を奪われて歌が二の次になってたりしてたから。

谷村さんのとてつもない色気…。これが色気ってもんだなと思い知らされた。ここまでの色気がないとこの歌の男性パートは説得力が無くなる。絶対谷村さんでないとダメな曲とつくづく思った。今更ながら、かなりの衝撃を受けた。

 

その後すぐ出会った曲でまたしても衝撃を受けた曲が、「グランドステーション」だった。

2015年4月の国立劇場での映像がありがたくもUPされていたのだった。そこから私はものの見事に谷村新司さんの楽曲へ傾倒していった。

恐ろしいほど瞬く間に。

 

何と言ってもこの曲の歌詞には衝撃を受けたし、一瞬で虜になった。それと同時に、60代半ばの頃のその歌唱力の凄さを突きつけられて、相乗効果も甚だしいものだったのだ。個人的には年齢を重ねられてからの歌声の方が断然好きだった。

 

「グランドステーション」にはなんというか、谷村さんという大スターとの突然のお別れにも、自分を無理やり落ちつかせてくれる世界観があった。歌詞にありえないほどの説得力があった。人はこの世に生まれてきた限り、いつか死ぬというある種の過酷な真実を、こんなにもあったかく、優しく、爽やかに、それでいて哀愁と切なさを歌って伝えることができるものなんだなとしみじみ思ったのだった。このどれかがひとつが欠けてもきっと私にここまでの衝撃を与えてくれなかっただろうななんて思う。ま、この歌、何度も聴いて思うには、別に生き別れだけの意味ではない。一期一会っていうのは本当にその言葉の通りで、自分の人生で強烈なインパクトを自分に与えてくれた恩人なのに、その後、二度と会えないままで終わる出会いっていうのが一人の人間の人生では多すぎる。

 

人間、いつか死ぬってわかっているなら、死を目前にしたら泰然自若として死んでいけたらいいもんだけど、頭でそう思っているだけで実際はそんなふうにはいかない。それが人間だ。

でもせめて頭だけではそうありたいと思っているだけでも、ほんの少しでも安らかに死んでいけるんじゃないかっていう理想が私の中にはある。あくまで究極の理想だから好き勝手に言わせてもらう。安らかに死んでいけるっていうのは人間の永遠の夢の一つじゃないかなと思う。

 

その次が2020年のアルバムにセルフカバーとして収録された「熱い吐息」。これがまた、同年のリサイタル映像がサイトにUPされていて、まーその時の谷村さんがまた素晴らしくて。20代に作られた曲を70才過ぎてカバーされて、この新たな魅力の凄みというか。なんなんだろうかこの圧倒的な説得力。甘く、包み込むような優しい歌声。

こんな言い方はどうかとは思うが、谷村さんの20代の頃のオリジナル版を聴くのが怖かった。あまりにもカバーバージョンの歌唱に魅了されていたから。しばらくしてじっくり聴き比べて、結論!どっちも最強で素晴らしいとわかった(笑)。20代の頃はあの若さでないと出ない歌声、表現の仕方が当然あるわけで、それは最強なのだ。

それにしても、20代の頃になかった色気には絶句した。圧倒的な色気。やっぱり谷村さんの色気がものをいうというか。そういう意味では2020年バージョンに軍配だ。もう、説明しようのない色気。中年期もすごい色気だったけど、60歳を過ぎてからのまた別の色気が確実にあって、本当に素晴らしい年齢の重ね方をされていた。70代突入以降は、60代とはまた全然違う色気が生まれていた気がするのだ。

 

そのほかにも挙げきれない。もう本当に好きな曲だらけ。やっぱり何と言っても、歌詞がすごいんだな…。歌詞というより、詩だな。

 

超有名曲の「陽はまた昇る」、「チャンピオン」なんて、改めて聴いているけど、もうそれこそじっくり聴いてすごい歌詞だなと…。あー、自分が20代の頃はほんとうに適当に、雑に聴いてたなーなんて。

 

「あー生きているとは 燃えながら暮らすこと」の歌詞の意味、全くわかってなかったなって。表面的にしか理解してなかった。ま、生きるってことは燃えるように一生懸命生きるってことでそりゃ間違いではないけど、それだけじゃない。「燃えながら」ってことは、いつかは燃え尽きる時が来る(死ぬ)ってこと。この現実まで想像せず、全く思いを馳せることもしないでただガンガン聴いていただけだったのだ。

「チャンピオン」だって、ここまでストーリー性のある歌ってことを認識せずに聴いてたもん。ボクシングの王者が戦う歌っていう、表面的な解釈だけでただリズムに乗ってガンガン聴いてたなあ。と燃え尽きるまで戦ったら、やがてはどんな最強の人も倒れる時が来るんだ(=現役引退)ってこと、考えようともしなかったな。

 

アリス時代を含め、谷村さんが生み出した膨大な詩は、言うまでもなくかなり幅広いけど、人生の下り坂、生き死に関してきっちり言及した名曲がいかに多いことか。谷村さんご自身の死生観が滲み出た歌が特に素晴らしくて…。そんな歌に心奪われるのは、自分もそれなりに年を重ねたということだと思う。

そりゃ、自分は34歳。まだ体は元気だけど、そうこうしていると10、20年はあっという間。やがて病気もしやすい年頃になるし、それに平均寿命まで生きる保証などもちろんない。自分にとって「死」は常に横たわっている。現に自分が長生きすればするほど、身内、親しい人たち、そうでなくとも有名人の方を含め知っている人たちの「死」を目の当たりにしなくてはいけなくなるのは世の常。

 

そのほかにも、谷村ファンなら誰もが知っている、「小さな肩に雨が降る」は定番中の定番です…。もう何度聴いたかわからない。若い頃の自分を思って本当に泣かされた。「花」、「玄冬記〜花散る日」、「kiss」(筒美京平さん作曲)、「Four  Seasons」などなど。最近は「パンセ」、「愛に帰りたい」が素晴らしくて…。1日に何度も聴いている。恋愛を謳った歌もやっぱりめちゃくちゃ強い。

 

そういうわけで、DVDBOX、CDBOX2セット、ソロアルバムだけで20枚以上手に入れて、ファンクラブ会報誌も数冊手に入れ、DVDも10数枚、書籍も数冊手に入れた。ま、それでも往年のファンの方ならお分かりだろうが、まだ氷山の一角。ま、急がずじっくり聴いていく。谷村さんの楽曲を一気に聴くのはあまりにも勿体無いと思うし、ただ曲を聴くだけが目的になっては意味がない。1曲1曲を大切に大切に聴いて、味わい尽くして自分の心の奥底にまで一度は染み渡らせたい。

当然、コレクションするのが目的ではない。アリスのアルバムも手に入れなければいけないのだが、急がない。いずれ手に入れるだろうけど、まあ、この先1、2年はかかるだろう…。