2014年冬、JR高崎駅に降り立つ。市内からは山の上に大きな白い観音様が見える。事前調べによると、この山を観音山といい、慈眼院というお寺でお祀りしているものであるが、観音山という名は、すぐ近くにある清水寺の千手観音様が由来となっているらしい。私の目的は当然、観音山の本家である。

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駅からは2.5km程を歩く。高崎城址のお堀を通り、川を渡り、住宅街を抜けると山の麓へ達するが、ここには「真言宗豊山派清水寺」と刻まれた門柱が立っており、長い参道が始まる。最初の200m程は石畳だが、そこから先は500段を超える石段となる。しばらく登っていくと仁王門があり、これをくぐるとはるか上の方に朱色の建物が見える。ゴールはまだまだ先であり、石段はどんどん急になってくるが、これを乗り越えてこそ御利益があるというもの。私が自家用車を使わないのは、そんな理由からである。

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下から見えていた朱色の建物は山門だろうか。これをくぐるとようやく本堂に到達する。本堂の脇に立つ案内板によると、征夷大将軍坂上田村麻呂が、蝦夷征討の兵士の健勝と武運長久を祈り、京都清水寺から勧請して開基したとある。各地の清水寺にはこれと似た伝承を持つ所があり俄かには信じがたいが、地元の方々はこの伝承を大切にし、護持してきたのであろう。本堂には、「南無千手観世音菩薩」と書かれた赤色の幟旗が多く奉納されており、信仰の盛んなことを示している。

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息を整えてからお参り。隣の庫裏で御朱印をお願いする。しばし待つ間、後ろを振り返ると高崎の街が見える。御朱印を頂いた後、山門に登って写真撮影。街から吹き上がってくる風は冷たいが、なかなか見事な眺望であった。観音山に登ってくる観光客の多くは、高崎観音の方に行くのであろうが、すぐ近くにあるこちらへのお参りもお勧めしたい。
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