あきら影オフィシャルブログ「なんでも屋」 -4ページ目
なんかコメントってむずかしい。
おそらく書いていない意味で
捉えられることもあるし、
なんか敵意のあるコメントとかに
捉えられることもある。
ブログに限らずだけども
言葉によるやり取りが主流である昨今。
特に書きたいことを書くという
ブログやSNSにおいて、コメントも
好きにすればいいじゃないかと思う。
しかし、実際に自分がコメントを受けてみると
とんでもない破壊力がある。
これはすごいなあと思うのは
受け手にならないと分からないダメージである。
それを踏まえて上でも、
やっぱりこちらもなにげない言葉とかで
やってしまっている時がある。
なかなかに反省するんだけども
気がゆるんだときにやりがちになる。
コメントは先生に対して
質問や意見するような感覚で
言うのがいい感じになるなぁと
今日思った。
何回か練習してみて
SNS上でのコミュニケーション能力を
身に付けたいと思う。
おはようございます!
これはなかなか閃いたといっていい。
たまにこういう瞬間があるから
思考というのはやめられないんだよね。
いろんな仕事や趣味や人生があると思うが
こういった瞬間があるからやめられない
というものがあるんだよね。
無理だから諦める。
これは結構生きていて聞く言葉ではないかと思う。
これってなんかすごい納得というか
そうかって感じに思っていた。
しかし、無理と諦めるというのは
=ではないということに髭剃りしていて気づいた。
無理だと思うんだよなぁ。
というのは本音であって、嘘はない気持ちだろう。
しかし、諦めますか?と聞かれると
諦めませんとなる。
これも本音であろう。
これを傍から聞いた人はどっちなの?
ってなるんだよね。
特に不安定な時というのは他人に相談しやすい。
このタイミングで選択を迫られると
謝った選択を取りやすいのだ。
無理だと思う。
⇒だから諦める。
なのか、
無理だと思う。
⇒でもやってみたい。
なのか。
早く決断を迫られることが多い現代。
時は金なりというよりも、ビジネスとして
なんか即断即決が素晴らしいといった価値観と
優柔不断は悪であるかのような
自分自身に対する植え付けられた無価値観による
切迫感などが原因なんだろうなと思う。
若い方がいいという価値観は
わたーしも納得できる部分がある。
しかし、決断というのはもっと慎重になっていい。
だが同時にチャンスは流れ行くのも事実である。
なので、自分を2つに分けること。
わたーしの場合は、靈と魂で分けている。
この2人は白と黒でイメージしている。
片方は無理だと判断する。
もう片方は諦めないを選択する。
どちらも間違っていない。
この2人を混ぜないようにする。
管理するというほどでもないが
どちらも本音であり、本心である。
決して敵では無くて
味方なのであるということを認識すること。
無理と諦めるというのは
=ではないこと。
ここを=にしてしまうと、
自分と違う意見に対して敵対視してしまう。
無駄な争いが生まれてしまう。
意見と人格は別とか言うけども
これってそもそも理解している人は
いいんだけども、理解しにくかったんだよね。
一貫性を持とうとしてしまうので
2人に分けるということが良いと思うのだが
スパイラルになっていくんだよね。
それで結果的に一つに道になったり
傍から見た時に人生という
名前になるのだろうなと思う。
なんか政治に興味があるかというと
そんなにないんだけども、シンプルに面白い
ということで見ている。
全体的になにがしたいかというと
戦争したいわけだ。
人も減らせるし、支配者層は儲かる。
なので、とてもいいビジネスになる。
なので映画だと思って
楽しんでいるくらいで見ている。
政治家が~とか言うんだけども
実際に目の前に現れたら
多分好きになるだろうなって思う人が多い。
カリスマ性とか会ったらすごいと思うんだよね。
あの人たちは公式の人気者である。
町中に張り紙して、みなさんの生活を良くします。
とかやっている。
普通のメンタルならまず出来ない。
それをやっているのだから
相当変わった人たちなんだろうと思う。
ただ演説とかは他の人が考えているかもしれないが
やはりずっと言っていると、なんかそんな気に
なってくると思うんだよね。
にも関わらず、実行されなかったのは
やはり仕事となると、もっと上の存在から
止められてしまうのだろう。
国ってなんだろうって思うときがある。
政治とはなんだろうか。
テレビとかネットがあるから
こうなっているんだなあということを
なんとなくでも知ることが出来る。
しかし、もっと昔なら
国がどうなっているとか、お隣の国が~とか
分かることは少なかっただろう。
それでも生きていけたのだから
これからも別に生きてはいけるだろう。
なんか日本人の感覚で世界を見ているので
なんでこんなことになるの???
ってシンプルに疑問が湧いてくる。
日本人の民度はやはり高いんだろうなって思う。
こたつというのはやはり素晴らしい。
この記事もこたつに入りながら書いている。
こたつって発明だ。
なにもしないということを改めて
学ぶにはこたつがいいのだ。
ちょうど年末である。
なにもしないけども焦らないということを
練習するにはちょうどいいタイミングなのだ。
なんだかんだストーリーを知らないと
どうなって今に至るのか分からないだろう。
中国がとか、アメリカがとか
いろいろあるんだけども
全体的な歴史としてどうしてこうなったかについて
やはり答えてくれていると思うのが
ミナミAアシュタールさんたちである。
本はなるほどなぁとまとまっており
非常に納得のいく内容である。
人類というのは何回か滅んでおり
今回も滅びるかどうかという瀬戸際だという話。
ノストラダムスの大予言とかもその一つ
なのかなと個人的に思っている。
自然派とテクノロジー派と二分するのかな
って思ったりもするが、自然派が機械を
使わないということもないだろう。
なので、テクノロジーはテクノロジーで
上手く使っていけばいいのだが、
ソーラーパネル事業とかはもう止めないと
いけないタイミングになっている。
これはクマが教えてくれているだろう。
日本の共存の文化じゃないと
地球にお邪魔させてもらっているという
認識で生きて行かないといけないだろう。

