このタイトルに惹かれたあなたは女性だろうか。

 

 

 

なんてこった、パンナコッタ。

 

なんてことないダジャレみたいなもん。

 

 

 

ここが実は男性と女性で笑うポイントの

 

違いなのではないかと思っている。

 

 

 

 

陰謀論を多めに投稿しているが、

 

わたしはバラエティーお笑い部門の人だからね。

 

たまには部門に沿った記事を書くのだ。

 

 

 

 

 

姉がいるのだが、なんてこった、パンナコッタに

 

笑うんだよね。

 

 

 

この言葉を言ったのは、わたーしではなく

 

高校時代の同級生が言っていたのだ。

 

その子も女の子だった。

 

 

 

なんかハマっていた時期があったみたいで、

 

定期的に呟いていた時があった。

 

 

 

だから覚えていて、大人になってから

 

なんとなく言ってみたんだよね。

 

 

 

そうすると、意外とウケたんだよね。

 

 

 

自分の感覚としては、別に面白くないと思っている。

 

語呂がいいという感覚はあるのだが、

 

面白いという感覚は無いんだよね。

 

 

 

 

ただ、女性にはウケるのかなと思っている。

 

で、そうだとした場合にいったいどうしてなのか?

 

 

 

ここを考察していくわけだね。

 

 

 

 

ニーチェか誰かの言葉で、

 

男は一つの器を持っていてとても深い。

 

女はいくつもの器を持っており、その器の深さを合わせたものは

 

男の器よりも遥かに深い。

 

的な名言があったんだよね。

 

 

 

 

これを正とした場合に、

 

女性というのは、四次元的に物事を切り分けることが

 

頭の中で出来てしまうのかなと思っている。

 

 

 

女性の話し方は、バラバラな物語を

 

時系列関係なしに話しているイメージがある。

 

 

 

 

例えば、桃太郎の話をする。

 

①桃を拾う→②桃太郎生まれる→③仲間作る→④鬼退治。

 

といった流れが存在する。

 

 

 

 

これが女性に多いのが、順番をバラバラに話すことだ。

 

③④②①みたいに話す人が多いのだ。

 

 

 

こうなると、なんかさ~犬を団子で仲間にしたんだよね~。

 

から話が始めるわけね。

 

 

 

 

は?ってなるんだよね。

 

なにごと?ってなるんだよね。

 

 

 

 

雑談とかならいいんだけど、

 

これを仕事とか指示する側にされると

 

意味不明なんだよね。

 

 

 

で、まあ仕事のことを書いているわけではないので

 

ここは別にいいんだけども、

 

 

 

女性の場合は、ここに浦島太郎とかかぐや姫とかの

 

話がさらに加わってくるのね。

 

 

 

 

犬を団子で仲間にしてから、月に帰っちゃうんだよね~。

 

そしたら亀に乗っておじいさんが川に洗濯いくのね。

 

そうすると、宝箱を持って鬼ヶ島行くんだよね。

 

 

 

こんな感じで話してくるのね。

 

 

 

 

これを多分女性の頭の中では

 

それぞれ話がバラバラに成立していて混ざっていないわけ。

 

 

たくさん器があるから、混ざらないのね。

 

 

 

ただ、男性の場合は器が1つしかないから

 

混ざって聞いてしまうわけね。

 

 

 

幕の内弁当とカツ丼みたいな感じ。

 

 

 

 

女性同士だと、混ざっていることを

 

理解した上で、自分の中でお皿に取り分けることが

 

できると思うんだよね。

 

 

 

これが男性には出来ないから、

 

順番に話してくれと思うんだよね。

 

 

 

で、パンナコッタがウケるのはどうしてか?

 

ということなんだけど。

 

 

 

 

 

なんてこったとパンナコッタは

 

語感が似ているけども、なんの関係もない言葉だよね。

 

 

 

これを同じお皿に盛り付けているわけね。

 

そうすると、男性は一つのお皿しかないから、

 

なんてこったとパンナコッタを同じお皿に

 

盛り付けてもらっても、語感が似ているよね。

 

くらいしか反応するポイントがないんだよね。

 

 

 

 

ただ、女性の場合だと

 

同じお皿に盛り付けられたなんてこったとパンナコッタを

 

別のお皿に移し替えるということが頭の中で

 

出来てしまうのではないかなと思うんだよね。

 

 

 

 

そうすると、女性の頭の中で

 

カスタマイズする余地が生まれていることになる。

 

 

 

 

1つのものを分けて、

 

2つに分けることが頭の中で出来るわけね。

 

 

 

この1つを2つに分けるという作業を

 

おそらく無意識的にやってしまう。

 

 

 

 

お笑いは緊張と緩和というけども、

 

1つにまとめられた状態(なんてこったパンナコッタ)を

 

2つに分けること(なんてこった)と(パンナコッタ)。

 

 

 

これが心地いいと感じるのではないかという思うんだよね。

 

 

 

本来1つにまとめられるものではないもの(緊張状態)を

 

2つに分けるという無意識の作業(緩和する)をする。

 

 

 

結果として、笑うという行為に

 

繋がっているのではないかと思う。

 

 

 

 

とりあえず書いてみたけども

 

どこまで伝わるかは分からない文章だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

楽天市場

 

 

【らでぃっしゅぼーや】有機野菜・無添加食品の宅配ネットスーパー