上地雄輔くんのブログを読んで、ふと思い出した…


小学生の頃、同じクラスに障害を持った女の子がいた…
彼女と初めて出会ったのは更にさかのぼって幼稚園の時
引っ越した先の幼稚園で一番最初に話しかけてきたのが彼女だった…
何か少しの違和感はあったけど気になった記憶は少なくて何故か「明日休みだよ」って騙された記憶が強烈にある(笑)
なんでそんな嘘ついたのか未だに謎だけど次の日ホントに休んでしまったあせる
彼女は四肢と言葉が不自由だったけど改めて意識したのは三年生になってからだった…
特殊学級というのがあって子供の認識では最初、学力の低い…要はお勉強の出来ない子が入るんだって思ってたけど半年くらいして違うって知った…
程度の差はあれ何らかの障害を持った子達を受け入れるクラスだったんだって
目に見える障害があるのは彼女だけで他の子は知的障害や自閉症だったから子供の私達には分からなかった
田舎の学校なので障害の有無問わず受け入れしてたんですね…
クラス分けするのは三年生の時だけで他はみんな一緒でした。
やはり成長につれ彼女に対して一時期イジメのような行為はあったけど先生に注意される事もなくおさまった
言葉も不自由だったため話す時にヨダレが出る事に汚いなどという事だった記憶がある…
でも六年生にもなると子供なりに学ぶ事もあったし、また彼女の明るい性格もあって障害を特別だと思わなくなっていた…
彼女の失敗も一緒に笑えるくらいに…
体育の授業もかけっこだって足も不自由だしビリになるの分かってても一生懸命走ってガンバレって声援受けながら笑顔で一人走ってた
もぅみんな気付いてたんだ
彼女がすごい努力家で障害を言い訳にしない事
卒業間近に中学生になる希望やら夢やら女子で話してる時ポツンと彼女が言った「私は同じ中学には行かない」って…
一斉に彼女を見て「何で?」って普通に聞いたら「私には障害があるから養護学校に行く事にしたから」って…また「何で?」って普通に聞いたら「中学生になると体育も出来ないしついていけない事が増えるしね…悩んだけど養護学校に行く事に決めた」って…みんな絶句だった
7年彼女と過ごしてるうちに障害の事忘れてしまうくらいになってたから養護学校に行く方が何で?だった
今思えば大人の事情もあったのだと思うけれど子供心に納得出来なかった…
「体育なんて出来なくていいじゃない出来る事だけしたらいいし皆で助けるよ!一緒に行こうよ!」って誰もが言ったけど彼女の困惑した顔で淋しそうに笑いながら「決めた事だから」っていう言葉に何も言えなくなってしまった
あの時大人に何で?をぶつける事は出来なかったけど助け合えば同じ中学に行けたのにって今でも思う時がある…
困ってる人が居たら助け合う、協力するのが当たり前って考えられるようになったのは彼女と一緒に過ごした時間が教えてくれた事だと思う

あの時の大人は子供の心の大きな成長を見ていたのかな?
後3年だけ彼女と過ごせたら私達はもっと心の成長が出来ただろうと思う…大人にさしかかる大切な3年を…
と思うのは身勝手な大人になった言い訳かなニコニコあせる
だけどやっぱり彼女と過ごせた子供時代は貴重な時間だった学校で教えてくれない事を教えてもらったと思える!