かつて、パレスチナ解放運動の主体は、PLOという組織だった。彼らはファタハやPFLPという様々な組織の連合体で、彼らの戦略は、(それぞれの組織の考え方はかなり違うが)国際社会の支持を得て、彼らがイスラエルに圧力を加え、イスラエルから譲歩を勝ち取るというものだった。
PLOは西側メディアの取材も積極的に受け入れた。イメージアップのために。そして西側からやってきて、パレスチナ闘争に加わりたいという人も受け入れていた。なのでイスラエルの諜報機関の潜入を容易に許した。よく言えば風通しの良い組織、悪く言えばズボラな存在だった。
PLOの国際社会支持獲得路線の回答は、1982年のイスラエル軍のレバノン侵攻だった。PLOのアラファト議長は守備軍を後退させてベイルートに集結させ、「ベイルートをスターリングラードにする!」と発言。西側諸国と交渉し、譲歩を引き出す作戦だった。交渉の結果、PLOの戦士たちは武器を持ったまま様々なアラブ諸国に受け入れられた。その直後、イスラエルはレバノンのキリスト教勢力(ファランジストと呼ばれる)をけしかけ、サブラとシャティラのパレスチナ難民キャンプでパレスチナ人を大量に虐殺した。
その後イスラエルは(こういう所が偽善的でイスラエルらしいのだが)、検証委員会を立ち上げ「遂行の罪ではなく怠慢の罪なんです」と報告。つまり、私たちはやってないけど、監督不行届だったよねー、という報告だった。当時の責任者は誰一人罪に問われず、当時の国防相シャロン氏はその後首相になっている。
つまり国際社会でいくら好感を持たれても、現実にイスラエルから譲歩を引き出すことはできず、パレスチナ国家の樹立という目的を達成することはできない。1982年のレバノン侵攻は、PLOという組織及びその路線の終焉だった。
のちにヒズボラを結成した人たちは、「ズボラじゃだめだ、非ズボラにならなければならない」と強く思った。組織の統制を強化し、スパイが浸透できなくする。資金を管理して、様々な軍事技術や戦術、兵器の操作を研究し、資産を運用して資金を貧しい人たちへの福祉に使った。人心を獲得するのが狙いだった.
アラファトの個人商店的なPLOの組織運営と大違いだった。強い統制のある組織にありがちなのは、外部に対して警戒心が強いという点である。国際社会の支持を得るという発想はない。
第四次中東戦争でエジプトとシリアの奇襲を受けたイスラエルは反撃し、開戦時より広い領土を占領した。そのときエラザール参謀総長はゴルダ・メイア首相に「首相、おめでとうございます、エジプトはエジプトに戻り、イスラエルはイスラエルに戻りました」と述べている。エジプトは奇襲を成功させたが、すぐ暗愚なエジプトに戻り、奇襲を受け狼狽したイスラエルは、すぐ賢い勇敢なイスラエルに戻ったという意味の発言だった。この発言は、アラブ人は愚かで臆病でまともなことができないという彼らのアラブ観を示している。
ところがヒズボラは、国土を蹂躙され、家族友人を殺され、復讐の念に燃えていた。彼らは勉強し研究し、最新の技術とゲリラ戦法の組み合わせで、イスラエル軍をレバノンから撤退させることに成功したのである。
恐るべし! 世界最強といわれるイスラエル軍をきりきり舞いさせ、撤退に追い込むなんて。ところが、そのヒズボラにも危機がやってきた。シリア内戦だった。以前説明したことがあるが、内戦は当初、シリアのアサド政権にたいし、民主的な社会を要求する運動から始まった。興味深いのは、ヒズボラは当初、シリア社会の民主化という要求を支持したことである。これはヒズボラがアサド政権の欠点を正しく認識していたことを示している。だが彼らの運動はたやすく鎮圧された。その次にアサド政権に立ちふさがったのはイスラム原理主義者で、ヒズボラは彼らの敵であるから、ヒズボラは積極的にアサド政権とともに戦った。
シリア内戦を戦う際、ヒズボラは軍隊を正規軍的な編成に変えた。秩序だって戦い、領土を支配するには正規軍的な編成が有効だが、これによってヒズボラの指揮系統がイスラエルに察知されやすくなった。ヒズボラの司令官の個人情報を収集し、ポケベルの中に爆発物を仕込んで、ヒズボラの重要人物を軒並み暗殺した。
2023年からのイスラエルとの戦争でヒズボラは大きな打撃を受け、イスラエルは最高司令官のナスララ氏を暗殺した。ナスララ氏は一代で無から国家に相当するヒズボラをつくった北条早雲のような人物だった。彼が亡くなったのは相当な痛手ではないか? またシリアのアサド政権が崩壊し、現政権はヒズボラに敵対的なので、シリア経由の補給が難しい。
ところが、2026年からのイスラエルとの戦争では、イスラエルに大きな損害を与えているようだ。イスラエルは情報を秘匿しているので戦場の実態はよくわからないのだが、イスラエル軍がしっかり占領できているレバノン領土はほとんどないそうだ。イスラエルは2026年の戦争でレバノンに6個師団を投入している。1個師団=1万人なので、6万人投入していることになるが、おそらくレバノン南部に展開するイスラエル軍はそれよりかなりすくない展開人数だろう。
ヒズボラはゲリラ的な軍隊編成に戻し、少人数の部隊が自由に行動していて、兵士は士気も高く戦闘経験が豊富。今世界で一番強い軍隊だろう。
