保管倉庫 | 漱石における甘え研究

保管倉庫

時たま纏めとかないと忘れちゃう(^0^;)

 

顔をも知らぬ君なれど 
想い想われ春の宵 
胸の内みせ語らうは 
春の世に舞う華に似たれ

薄墨の 空見上げれば 墨の雪
鈍色の 空見上げれば 墨の雪
薄墨の 空より黒し 雪の降る

紅に 名残を残し 細雪
紅に 名残を惜しみ 細雪
唇に 名残を留め 細雪
一人逝く 黄泉の旅路に 名残雪

落日に 移ろう茜 蒼空深く
蒼空深く 沈む心の 行く先は
仰ぎ見る 蒼穹の底 仄暗く

春風に 揺れる心と 沈丁花
さよならと 散る花びらは 陽の中に
春風に 散る花弁は 陽の中に
桜色 風に染まって 君はゆく
桜色 風も染まって 君はゆく
君はゆく 春風さえも 桜色
春風に 舞う花びらの 寂しさは
春の陽に 舞う花びらの 悲しみは
言の葉の 意味さえ知らず 初節句

夕立の 名残に花火 二つ三つ
通り雨 名残に浮かぶ 手花火は
通り雨 遠い記憶の ひと思う 
通り雨 名残に映える 手花火の

狂おしく 火の粉を散らす 誘蛾灯
狂おしく 火の華散らす 誘蛾灯
病葉と 見紛う蝶に 蟻寄りて
蒼穹と 紅葉に染まる 水面見て(川面見て)
蜘蛛の糸 消えゆく命 名も知らず

青空に 一条の煙 きみ逝きて
青空に 一条の煙 吾子逝きて
秋深し 深山の茜 紅に

神在の 月に愛しむ 人もなく
神在に 愛しむ人も 無き我は
木守りの 梢に白く 積む雪は

散る花の 行く末哀し 宵の宴
ゆく君の 門出を祝う 花吹雪
メダカ追う 子供等の手に 水温む

吾子逝きて 皐月の空に 昇りたつ
吾子逝きて 皐月の空を 昇り行く



顔をも知らぬ君なれど
想い想われ春の宵
胸の内みせ語らうは
春の世に舞う華に似たれり

「こんな夢を見た。」と始まる小説があったなと思いながら、夢の断片を掻き集めようとした時。
突然に覚醒した。 
飛び起きた全身に、喪失感と漠然とした安心感が動悸と共に広がり、馴染まないベッドに再びぐずぐずと潜り込んだ。
「幸福を運ぶ男」って話は、突然妻から離婚を切り出され、更にはリストラされ、ぷー太郎で一人暮らしを始めた中年男が、娘のような美人と付き合い、小洒落たお店でワインを飲み、出版社で取締役をしている友人に官能小説家を目指せと勧められ、素敵な1×男となる話だった。
「運ぶより運ばれたい・・・。」 音にならない声を反芻しながら夢の断片達を紡ごうとしたが、心のどこかが針先のように尖り、一つずつ弾け散ってしまった。
「仕方ない。」と呟き、まるで泳げない中学生が、飛び込みのテストを受ける時みたいに不格好に両手を前に突き出し、漸う上半身を起こした。
ボンヤリと見慣れない景色を切り取った窓を見ながら、仕方ない夢の事を考えていた。
「お父さん。 来週試合なんだ。」
「見に来なくていいからね。」
「なに? しらないわよ!」
「うるせーな。 しる必要ないだろ。」
「お弁当とか用意が必要でしょ!」
「弁当いるに決まってんじゃん。」
「訳わかんねぇ~。 ねぇお父さん。」
「じゃ勝手にしなさいね。」
「お父さん 母さんってマジうざいし」
ベット脇の電話が、死にかけた鈴虫のように力なく鳴き、私の息は詰まり全身が共鳴した。
あわてて取り上げた受話器から、事務的に、しかし大らかに、チェックアウトを告げる声が優しく耳に響いた。
好きなトーンの声だ。
新鮮だけれど懐かしくもあり、記憶の深淵に沈んだ女性の声かもしれないと思った。
連泊の希望を述べ、心地よい声を耳に残しながら受話器を置いた。
昨夜遅くこの街に着いたが、過去の面影もなく変貌した街は、見知らぬ唯の冷たい都会でしかなかった。

港からの湿り気を含んだ重い風の匂いが、今は失われた街並みを、頼りない蜃気楼のように脳裏に浮かび上がらせた。
「ねぇ 明日の集会付き合ってよ。」
「ねぇ お願いだから。 ねっ。」
「大丈夫よ。 私も同じだもの。」
「夕食奢るから。 いいでしょ。」
「じゃ 夕方迎えに行くね。」
確かに大丈夫だった・・・
初めて話したスイス人は、私と同じ位に英語が話せなかったから。 
それでも「西洋と東洋の違いは何か」と聞かれている事は理解できたが、思いを伝えることは当然出来なかった。
スイスの古い民謡だと云って、日本人には絶対に発声出来ないと思える程の、高く澄んだ声で歌ってくれた。
彼女たちの容姿や歌は忘れたが、声の感触は鮮明に思い出せる。

ホテルの案内を請うために乗った個人タクシーの運転手は、寡黙な、しかし温かい心遣いの感じられる中年の女性だった。
「ご指名いただき有り難うございます。」
「天文館で宜しいのでしょうか。」
昨夜見たときより明るい表情で行き先を確認すると、静かに走り出した。
灯台のようなシルエットの天文台は、記憶された姿との落差を近づくに従い大きくしながら、悲しいくらい鮮やかに立っていた。坂道を登り切ったところで停車し、彼女は到着を告げると私の言葉を待った。

懐かしい場所のはずなのに、漠然とした不安と、違和感が足を止めさせていた。
5分ほど待って貰うよう告げ、車を降り、霞んだように光る街並みを見ながら、
再び聴くことはないひとの声を聞こうとしていた。
あの日、時折雪が舞い寒かった事を思い出しながら。
気がつけば、小鳥の囀りのようなざわめきと共に小学生らしい十数人が、坂道を登ってくる。
その明るい声に押されるようにして車に戻った。
ルームミラー越しに私が着座するのを確認した彼女は、静かに私の言葉を待っていた。
しかし、この街は変貌すぎた。
そうか・・・ 30年は経ってしまったんだ と、ふと思った時に、思い出の残滓が
ドライアイスで作られたフェイクスノーのように微かに消えてしまった。

何も残っていない街に留まる理由はない。
それに早くこの場所を離れたかった。
「ホテルへ。」と告げルームミラー越しに彼女を見た。
「はい。」と穏やかな返事をした彼女は静かに車を出した。
来たときとは反対に、徐々に遠ざかり、小さくなって行く天文台の偉容は
寂しげだった。

海岸線沿いの国道を走りながら変貌した海を見ていた。
砂浜は無くなり、人工的な何かに占拠された廃墟のようだ。
変わらないのは鈍色の海だけ・・・  唯それだけ。

思ったより早くホテルに戻れた気がし、礼を言ったが、
「変わりませんよ。」と、一瞬微笑んだ顔は、無邪気な童女のようだった。
ホテルに入る私を、車の外に出て丁寧なお辞儀で送ってくれた彼女は
誠実で、寡黙な運転手の顔になっていた。

鄙びた山門を潜ると、杉の樹皮や湿った苔の匂いが全身にまとわりついてきた。
しかし、時折吹く風の中に金木犀の香りが微かに感じらた。
港町のホテルをキャンセルし、数時間後には全く異質な空間にいる事が、現実感を喪失させてしまった。
いや、この佇まいは、あの時と変わってはいないのかもしれない。
参道の杉木立から見上げた空は、強いコントラストの中で悲しいくらいに碧かった。
庵といった風情の本堂が見える辺りから金木犀の生け垣が延々と続いて行く。
しかし、香りは穏やかで慎ましい。
秋の日射しの中で、小さな花片は金色に輝き、包んだ掌からこぼれ落ちる程摘んだ誰かの
手を今も待っているようだ。
小さな星で、花と暮らした小さな王子様は、本当に大切なものは目に見えないと言った。
見えていても気づかない、失ってから気づくのだから、結局大切なものは目に見えない。
目に見えない・・  
小さなぬれ縁に腰掛け、小さく息を吐いたとき、走り去る背中が見えた気がした。

杉木立の間から届く日差しが茜色になり、見上げた蒼穹は不安ほどに群青が深まっていたし、
金木犀の花達は、更に個々の輝きを増し、秋日の名残を惜しむかのように濃く匂い立った。
このまま、此所にとけ込めてしまったら・・・
金木犀の香りの様に微かに消えてしまえたら・・・
眼を閉じて大きく息を吐いたが、胸の閊えは、小さく堅く痼り、乾いた音を立てているようだ。
小さくかけ声を掛け立ち上がったが、遠くに見える街並みは蜃気楼の様に頼りなく見えた。