ター助5年
前回の日記が大雪前夜でした。いまは真夏。40℃近い暑さでエアコンもない、熊本の避難所のことを思うと、身の置き所のないような、そんな気持ちです。天災は避けようがないが、その後の備えに次第で避難生活が左右される。そこからは、人災だといつも思う。権力者は、国民のため、などと口にするが、やってること見りゃ真実は明らかだ。⭐︎ ⭐︎ ⭐︎5年前、まっ黒な子猫が我が家の縁の下でおかあちゃんをさがして、鳴いてたのも、うんざりするほどの炎天下だった。キジトラの野良猫、シマちゃんが、自分のご飯のお椀に鼻を突っ込んだその子猫を、怒らずに傍で見ていて、ニンゲンもこの小さな命をまもってやらないと、と、小さな首筋をつまんで、ナモのケージに隔離したのだったなあ、と。まさか2匹も飼うことは考えられず、どこかに里子にやる気でクロちゃん、と呼んで世話していたも のの、保護して3日目に住職が「他力」のタリにしよう、と、お寺ネームを付けたことで、我が家の猫になることが決まっただった。ナモはすでにケージの上から自分の尻尾を差し込んで、子猫を遊ばせていたし、誰もが納得した着地。いまは「ウチに来て、良かったなあ、ターちゃんや」と、しょっちゅう話しかけている。お膝に乗ることもあるよ