もしバプテスマ取り消し制度ができたら | エホバの証人研究(ブログ)

エホバの証人研究(ブログ)

ものみの塔 (jw.org) に関わるすべての人に向けてひたすら情報を提供します。

こんなこと考えたことありますか?

「もしバプテスマ取り消し制度があったら」

例えばこんな発表があったと想像してみてください。


「親愛なる兄弟たち,

最近,協会に多く寄せられた報告によると過去にバプテスマを受けた人の中には,その時の決定を現在後悔しており,断絶以外にエホバの証人を辞める方法がないことを疑問に感じている人がいるようです。その中には,バプテスマ当時に現在得ている知識があれば決してバプテスマを受けることはなかったであろうと感じている人も含まれることでしょう。

そこで協会はこれまでの方針を一部見直し,2014年中に申し出があった場合に限り,バプテスマを無効にするという取り決めを設けることにしました。

この取り決めに申し込むことにより,現在の「兄弟姉妹」の立場から「研究生」の立場に戻ることが可能になります。

この取り決めは50年に一度実施される予定です。2014年の次は2064年に実施する予定です。(レビ記25:10)

長老団にはすでに「バプテスマ取り消し申込書」を送付しています。必要な人は奉仕委員の一人に近づき,申込書と説明用紙をお受け取りください。」



素晴らしい話だと思いませんか?

道理にかなった取決めに思えます。

日本でこの取り決めが実施されたらどうなるでしょうか?

日本のJW人口は3分の2くらいになったりして・・・

それに排斥制度を擁護していた人も真っ先にこの取り決めを利用しそうww


これは架空の取り決めですが,あえて50年に一度の取り決めにしました。

「今回の機会を逃したら50年待たないといけない」となるとハッとするかもしれません。

それに,取決めを利用して「研究生」の立場に戻るだけなので,排斥を恐れずに再び調べなおすチャンスが生まれるわけですから何も損をすることはありません。


でも不思議に思いませんか?
エホバの証人を正式に辞める方法が「断絶」しかないのが。
この「断絶」という制度は ものみの塔協会が作ったものです。
普通は「脱会」あるいは「退会」と言います。


試しに長老たちに聞いてみてください。

「あの~ エホバの証人の退会手続きを取りたいのですが どうしたらいいでしょうか?」

「退会という制度はありませんよ」

あるいは

「それなら『断絶』すると書面で書いてください」

と答えると思います。


この「断絶」という言葉をエホバの証人が使う場合
会衆は○○姉妹を断絶した」とは言いません。
むしろ「○○姉妹はエホバの証人を断絶した」というような言い方をします。

実際にはエホバの証人を真の宗教と認めなくなった○○姉妹がエホバの証人という宗教を辞めたにすぎないのですが,とにかくエホバの証人側としては「○○姉妹が自ら我々との交友を絶った」という形をとって村八分にするときの心の痛みを慰めます。


ちなみに
脱会した人を忌避するという制度は1980年代から始まったということはご存知でしたか?それは1981年のものみの塔の記事でいきなり発表されました。

*** 塔81 11/15 23ページ 16節 排斥―それに対する見方 ***
考えた上でエホバの証人の信仰と信条を退け,『わたしたちの仲間でなく』なる人々は,当然ながら悪行ゆえに排斥された人と同じようにみなされ,同じように扱われるべきです



要するにもう仲間じゃないから村八分ってことですね。
ものみの塔はエホバの証人の信条を退けて宗教活動をやめた人を「自ら交わりを絶つ人々」と表現しています。

いやいや 彼らは宗教活動においては意見を異にするようになったかもしれませんが,人間として個々のエホバの証人から自ら関係を絶った人たちではなかったでしょう。


それでも組織を運営する側からすると彼らは危険人物です。

言ってみれば北朝鮮の指導部に同調しない元政治家が町の中をうろうろ歩かれては困るようなものなのでしょう。


1981年よりも前にエホバの証人の信条を受け入れられないとして脱会した人は,この研究記事を境に信者から避けられるようになりました。

ものみの塔の言い分はこうです。

*** 塔82 4/15 31ページ 読者からの質問 ***
その人は言葉や行動によって,エホバの証人としての自らの立場にはっきりと終止符を打ち,自ら交わりを絶っています。それゆえ,長老たちはこの者が自ら交わりを絶ったことを会衆に手短に発表します。会衆内の人々は当人の決定を受け入れ,それ以後その人を兄弟とみなします。そして,コリント第一 5章11節およびヨハネ第二 9‐11節に従って,その人と交友を持ちません。
(下線は原文のまま)


なんか笑っちゃいますよね。
彼らは「元兄弟」だから「兄弟と呼ばれる人」に該当するそうです。
そしてヨハネ第二の聖句でキリストの教えを携えないで家に来る人がいたら,あいさつの言葉もかけないようにと述べられている部分を当てはめて忌避するんですって。


で 思ったんですが

1981年に見解が突然変わったということは
今後また統治体様の意見が変わって1981年以前のやり方に戻る可能性はあるわけですよね。

そうすると1981年に起きたのと逆の現象が生じるわけです。

つまり当時はいままで普通に接していた人が,研究記事を読んだあとに無視するようになったわけですが,今度は逆のことが起きます。

以前のエホバの証人の仲間たちが突然
「姉妹 こんにちは~」
とかって来るわけですよね。

なんか面白いですよね。



話がそれてしまいましたが

つづく・・