今日は学童クラブのお祭りでした。

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こちらはパパたちによる出店。手動モグラ叩きは数年前に先輩パパさんたちが手作りした木製の装置ですが、非常に良くできていて、遊びたい子たちによる長い行列ができていました。



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KAZUは絵当てクイズグループに遊びに来た方なスタンプラリーカードにスタンプを押す係。
先生と一緒にがんばりました(^。^)

ところで、KAZUが所属している学童クラブ(学区の小学校内の学童)は今年、特に人数が多くて、お友達が60人もいます。これは過去最高の人数だそうで…。
学童増設を要望する意見も出ていますが作ろうにも空き地がないそうで。
HARUが小学生になったときに、入れるかなぁ(⌒-⌒; )




昨日は、ガイドヘルパー講習最終日でした。
これで来月には晴れてガイドヘルパーとして認定されます♡わーい。

 懇親会の席の中でのお話に、移動支援のサービス利用者側からすると、めっちゃ大事な話があったのでそれを。 

まず押さえるべきことは、利用者がサポートしてもらう相手には、2種類あること。

 1.内的支援
親や友人などの、当人が必要な支援をすること自分の喜びとして無償で支援する人たち 

2.外的支援
福祉をサービスとして提供し、有償でサポートする人のたち 

で、移動支援は2の方の外的サービスのほうということに。
本人にとっては、1も2のどちらのサポートを受けるのが良いとか悪いとかいう話ではなくて、どちらも大事。 
だけど、親のサポートというのは、親の方が先に寿命が来ることが多いので、親がいかに覚悟を決めて1人で丸抱えにしたとしても、1だけに頼っているといずれ破たんしてしまいます。 

背中の曲がった親が30歳過ぎた子どもの病院に付き添っている様子を私も見たことがありますが(当時の時代背景を思うとそれが良くないとは言えないけど)、そうしてがんばっていても、いざ親がいなくなったら、周囲にサポートする人のがいない当人に残された選択は施設で生活することだけということに……。

 施設での生活が悪い、成人になっても親住むのが悪い、という話ではないけれど、住む場所の選択肢が施設以外にないとしたら、それってどうなの?という「選択できないという問題」がここで沸き起こります。

 もしも私が、「あなたは今日から〇〇という場所に住みなさい。食事は提供されたものを食べなさい」と言われたら、「はい、そうします」となるかというと、そうじゃない(去年、おじいちゃんに特養に入ってもらいことを決めたのは私なので、そこは複雑だけど)。


 <成人した知的障害者の選択肢>

a)親元で住み続ける
b)障害者福祉施設(グループホーム含む)
c)福祉サービスを受けながら一人暮らし 

そう考えると、登場してくるのがc)の「一人暮らし」という選択肢です。 

「でも、知的障害者が一人暮らしをするなんて無理じゃない?」 

そんなの非現実的…と私は最初、思いました。でも、私が住んでいる区には、重度知的障害を持ちながら一人暮らしをしている人が実際にいるんです。
居宅介護サービスを24時間受けながら地域で暮らす。 

「すごいこと」だと思いました。(しかも、その支援を提供しているのはいつもKAZUがお世話になっている事業所だというのだから、なお驚きです!)

 「すごいこと」ですが、でもよく考えてみると人が好きなところに住んで好きなものを食べて、好きな時間にトイレに行ったり好きな時間に寝たりするのは人間らしい生活を送る上で「当たり前のこと」だとも思いました。

 学ばせてもらって思ったのは、最終的に決めるのはKAZUだけど、こちらはいろいろな選択肢を用意してあげたいな、それが親にできることだな、ということ。知的障害のある人が一人暮らしをすることについて、もうちょっと情報収集してみよう、と思います。


 それからもう一つ。

移動支援に関わる、お金の流れについて。

 普通、人は何かしらのサービスを受けるとき、その対価を支払いますよね。洗車してもらって洗車代を払うように。
だけど、移動支援のサービスを受けると、収入に応じた上限金額が設定されていて、自己負担金はそれしかないのです(ヘルパーさんの交通費、行った先々でかかる費用などは実費ですが)。

 だから、これまで私は、
私たちの自己負担金(上限のある1割負担)+障害福祉課から支払われるお金(9割)=事業所の売上
なのだと勘違いしていました。 

利用者は自分たちがサービスに相応する負担金を払うのではなくて、税金によって補填されることで1割の負担金だけでサービスを提供されているのだと。
障害者が守るべき弱者だから負担金1割でこのサービスを受けられますよ、と言われているような、なんか微妙な心境でした。 

洗車屋さんに行ったら、「あなたはかわいそうな人だから、本来1000円だけど100円にサービスしておいてあげましたよ!」と言われているような、素直に喜べない気持ちです。

 でも、そうではなくて、これは「代理受容」といって、本来は障害者本人に対して税金は支払われているのでした。

 本来のお金の流れはこうです。

1、役所が税金を当人に給付する
2、当人が事業者のサービスを受けたことに対して、当人がそのお金を事業者に支払う。 

これが本来のお金の流れだけれども、これではお金の流れが繁雑なので、役所が当人に代わって(代行して)直接事業所に支払いますよ、というのが「代理受容」の仕組みなのでした。

 だから、決して利用者は、見合う対価を支払わずにそのサービスを受けているのではない=サービスを提供する側と利用者は対等である、ということなのです。


 飲みの席で目からウロコの話、なのでした。
昨日はガイドヘルパー講習の、二日目でした。
昨日はお互い気が付かなかったけど、受講生(20名)の中に、去年までKAZUと療育で同じクラスだった子のパパがいてびっくり!
そのお友達は今年年長だけど、これから子どもがお世話になるサービスがどんなものなのか知りたくて、とのこと。あー、やっぱり同じところにアンテナが立つんだわ、となんだか嬉しい気持ちになりました。


正味6時間の座学が、眠くもならず楽しく聴けるのは講師のお2人のチカラだと思う。

おひとり目の講師の方は、KAZUがお世話になっていて、私もヘルパー登録させてもらった移動支援事業所のサービス管理責任者の方だったので、事業所の方針や目指すところがよく分かったのも良かったです。なんてったって、KAZUが日々お世話になってるんですからね。

もうおひとりの講師の方は、自らを、とーっても変わったお母さんと称する、元気いっぱいの当事者ママ。自閉傾向の知的障害の息子さんのお母さまでした。

講座の中で知的障害のある子の、ものの見え方、聞こえ方、手先を動かすということ、言葉についてなど、具体的に模擬体験してみるのは、本当に良い体験でした。

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これを切り取られたペットボトルの側から覗いて飲み口から見える世界は、ひとつのものはよく見えるけど、ボールを目で追う、板書を読むのはハードでした。

聞こえ方は、
同時に何人もの人が発した言葉を聞き分けるのって難しい。聞き分けるどころかひとつも聞き取れませんでした。

言葉は、
「キレイ」「ちょっと」などの抽象的な言葉を絵に書いてください、と言われて戸惑った。知的障害のある人は、抽象的な言葉の意味が捉えにくい傾向にあるらしい。
外国人に日本語で話す時にわかりやすい言葉や言い回しを考えるのと同じようにわかり易く、ゆっくり話したい。
……あぁ。これは耳に痛い(^^;



講師の方の息子さんはもう成人なさっていますが、その実体験を話せるのはお母さんだからこそだし、こういう形で体験を活かす方法もあるんだな、と気付きました。

先輩ママさんのお話、と思うとガイドヘルパーの資格取得のための講義だということなど吹っ飛んで、オメメキラキラになっちゃいますね。

KAZUやHARUのことを私以上に理解し分かろうという努力を続けられる人はきっといない。
子どもの存在は無償の愛がどんなものなのかを教えてくれるんですね。ありがたや。

ま、日常はうんざりとゲンナリと反省の繰り返しだけど。

ガイドヘルパーの初日講習を受けて思ったこと(前回の続きから)

 

 

ガイドヘルパー(知的障害者の外出を支援するヘルパー)の養成講座に参加して、

いろいろ気づきがあったので、それを少々。

 

 

まず、KAZUが支援を受けていて、ずっと、ずーっと感じていた違和感の原因がわかった。

支援員さんは、(その実態はどうであれ)KAZUの意思を尊重して、KAZUの行きたいところに行きたいように行くことを支援してくれている。疑問と違和感は、「それっていいことなの?」ということだ。

 

たとえば、KAZUは電車を観るのが大好きなので、電車で移動して目的の駅で降りたら、すぐに改札に行くのではなくて、ホームを何往復かしながら行き交う電車を眺めたり、電車に手を振ったりしたい。

「観たぞ」と納得してからエスカレーターに乗るなり階段を上り下りするなどするのは問題ないけれど、その本人の希望(こだわり)を無視して腕を引っ張って無理にホームから立ち去らせようとすると、全力で抵抗してホームに寝そべり、「絶対起き上がってやるものか!」というように起こそうとするこちらの手を振り払われることになる。

 

私がKAZUと一緒に電車で移動するときにはその繰り返しで培われたリズム(妥協点)があって、ホームに降りてもすぐに歩き出さず、ドアの脇の邪魔にならないところに移動して、

 

電車のドアが閉まるのを見せてあげる(ドアがピタッと閉まる様子を見るのが何より好きなので)

その場で電車が見なくなるまで見送る

「行こう?」と声をかけて誘う(ここで無言で歩き出すのは絶対ダメ)

嫌がる

「じゃあ、あと一回見たら行っていい?」

「うん」(「「あといっかい」、「もう一回」という言葉が好きなので、ここは肯定してくれる)

「じゃあ、電車がくるまでに、階段の近くに移動していい?」

(ここはよくも悪くもないので何も答えない(そこにはこだわりがない)のでそのまま手を引いて移動)

次の電車を観る、その電車を見送る→エスカレーターや階段の人の波に乗って移動(人の波には逆らわないところがあるので、人の後ろについていければ割とスムーズに移動できる)

 

 

二人の関係の中ではこの流れが固定化しているので割と問題なく移動できるのだけど、

これが、移動支援員さんと一緒になると、本人が納得するまで、何台でも電車を見送るし、ホームを何往復も歩いたりする。

それを繰り返すたびに、「そうしてもいいんだ!」と本人が学習するから、私と一緒の時も、だだをこねてみたりする。

 

だから、「これって教育的にどうなんだろう? いいのかなぁ?」という疑問が、ずっとずっと拭えなかった。

 

 

でも、ガイドヘルパーの講習を受けてみて分かったのは、「ガイドヘルパーは教育者とは違う!」ということ。

学校の先生はKAZUに教育をするし、親は親としてKAZUと関わる。その一方で、ガイドヘルパーは「ピープルファースト(障害者である前に人間である、という障害当事者の主張)を実現すべく、障害者自身の意思で、本人の行きたいところに行くことを支援する」を実現させるために支援してくれている。

 

 

そうか、それぞれの人が、それぞれの関わり方をする。それがいいんだ!

 

と気がついた。

確かに、KAZUが移動支援を活用していろいろ好きなところに移動できるようになって楽しみを知っていけば、

物理的な移動範囲も広がるし、親の目の届かないうごきが増えて、親という立場だと心配だし不安になるところもあるけれど、じゃあ、障害がない子だったら、その子の放課後の行動を親が全部把握しているの? と考えると絶対そんなことはない。というか、それでは過干渉な、「ただのうざい親」だと思う。

 

あぁ、自分はKAZUに知的障害があるからといって、勝手に「守るべきもの」というレッテルをはって「うざい行動」を正当化していたんだなぁ…と。

そして、これって本人の自律を妨げる、はまりやすい典型的なヤツじゃん、と。

 

 

 

※ガイドヘルパー(「ガイヘル」、と縮めるようです)

KAZUの日々の送り迎えや余暇活動など、日常的にお世話になっていて、もはや、それなしでは我が家の生活は成り立たないくらい、我が家にとって大切なものになっている「移動支援」。

大勢の登録ヘルパーさんに支えられているうちにヘルパーに興味がわき、私もヘルパーとして働きたいと思うようになりました。

お世話になっている事業所に聞いたら、実労が月に一度や数ヶ月に一度の人もいて、それでも構わないとのことだったので、それならばとガイドヘルパー講習に申し込んだのが今から一ヶ月ちょい前の話。
そして一昨日がその講習の初日でした。

移動支援制度の話などの実践的な話から、障害の種類程度などの当事者家族としては今さらな話?まで、久々の座学でした。

その話の中で一番印象的だったのが、年齢相応の生活とは何か?という話の中に登場した、「学校、自宅の往復に、ときどき送迎付きの放課後デイサービスだけの生活なんて真っ平御免だ」ということ。
真っ平御免、という表現はキツイけど、ズバリその通りだなと思いました。

余暇を過ごす際に知的障害のために1人で外出ができないのなら、それをサポートしてもらうのは「当然の権利」。(サービス利用者という立場では、権利を前面に出して主張したくはないけれど)、社会的にはそう考えられる世の中になってほしい。

講座の中ではこのことについて、こんなたとえ話が出ていた。

ある日家の前の道路が陥没していて外出できなかったら、仕方ないや、出かけるのは諦めよう、となりますか?
役所に連絡して道路を直すように言いますよね?
もしそう言ってるのに直してくれなかったり他の場所ばかり直されていたら腹が立ちますよね?


移動支援という仕事には障害者が社会の中に普通にいる、という「当たり前」を実現する力があるんですね。

この話は深くて、語りきれないので、次回に続く。