神殿にレプタ2枚を寄付した貧しいやもめの話

あれは「愛についての例え話」だと、自分は思っています。

イエスが伝えたかったことは

①自分の持っているものがごくわずかでも、精一杯の気持ちは相手に伝わるよ、とか

②自分に余裕があるときに、その余裕から相手に与えるのはそれほど難しくはない。

けど、自分に余裕がないときにどれだけ心から相手に与えることができるか

時間、感情、お金

自分に余裕がないときに、自分の愛の深さが表れます

とかが教訓なんだと思います。

(愛があるならこうしましょうという説教の類ではなく)


2017年のものみの塔研究に、スカスカの冷蔵庫を眺めた年配の姉妹がその後寄付をするという衝撃的な挿絵がありましたが。

決してそういう意味ではないですよね。