無理矢理「サンケイアトムズ」のファンになった、いたいけな、かにし少年は、新聞紙上で応援を続けた

勿論、テレビはありました。電波も届いていました。ただ、テレビ放映は、不快に感じていたのを覚えています。だから、あまり観ていた記憶はあまりありません。

当然、学校で「武上」や「ロバーツ」の話題に花が咲くはずは無く、野球の話に積極的に加わっていなかったようで、この点の記憶は全くありません。
野球やソフトボールで「長嶋」や「王」の役割を演じたい子はたくさんいました。が、「武上」はすんなり決まっていたことには、満足していたように記憶してます。

その頃新聞を読んでいて、負けてばかりいる投手の存在を知りました。
東尾修投手です。
「弱きを助けるのは男の(今思いついた)永遠のテーマ」です。
断然、東尾をヒイキしました。そこから「西鉄ライオンズ」を意識し、応援することに。
時代は流れ、大学進学は「福岡大学」が目標になるほど、のめり込みました。
(東京は、中学の修学旅行のイメージがあり、考えてなかった。参照:5月4日「悪い大人」)
クラウンライターから西武に変わって埼玉にいっちゃったから、福岡大学進学はマボロシとなりました。尤、平和台と大学の位置関係は知らなかったのですが。今もわかりません。

今だに、鞍替えすることなく両チームを応援している。
(両チームの勝利の喜びを分かち合う人が希有な)この地域で、この義理堅さ、純粋さは、なんと表現すべきなのだろう?

今日は、自画自賛したかっただけ?

☆ヤクルトにコメント
高津さん、やってくれましたね
☆ライオンズにコメント
相手が工藤さんだからなぁ