上手く話すのです。
優しく提案するのです。
でも、頑固な人間には、全く届かないのです。
人はそれぞれ考え方が違う。それは分かっています。でも、
例えば 加工食品ばかり食べていたら不健康になるよ、とか、
あまりに身体を動かさない生活はまずいよ、とか、
それって、
万人に当てはまる教訓であって、人それぞれの考え方でいいんだ、
で済まされる問題ではないのでは?
と私は思うのですが、
夫のように、ガラクタを捨てず、
地震でも来た日にゃ 物で圧死するかも知れないほど 物だらけの部屋を片付けないのが正義なのですし、
弟のように、仕事と食事以外は全く動かない、歯も大切にしない、お金はとにかく何も使わずに全てためこんでいる(墓には持って行けないのに…潤いのある人生のために少しは使えばいいのに…)
しかも、それを家族にも教えない
(国庫没収になるくらいなら、甥姪に相続するように一筆書いておけば良いのに…)
というのが、彼の正義なのです。
側から見て
そりゃ明らかに違うだろ
と思う事を 飄々と押し通し、
普通ならこうするだろう、という事を飄々と跳ねつける。
変われない人には
そのような特徴があります。
ある知人は、間違った食を与え続けて子どもを病気だらけにし、それが病気の理由じゃないかと私がやんわりと伝えたところ、
他人のことに口出さないでくれない!?💢
と跳ねつけた。
医者が、病気と食生活は何の関係もないから、好きなものを与えていい、とお墨付きをくれたんだから!
とキレられました。
大切な子どもに、欲しがるから、好物だからといって、赤ちゃんの時から毎日一本
あの、スカッとさわやか と昔コマーシャルしていた飲み物を飲ませていたのは
どう考えても正しくないでしょ。
でも、ハッキリ迷惑なんだよ、と言われてしまいました。
決して上から目線で言ったのではなく、優しく上手く話したのですが…
まぁ、
かくいう私もそうですが、
絶対に変われない部分を持っているものです。
理屈が何となく理解出来ても変われない。
ホントに
人間の頑固で意固地な部分というのは
本人が強くその気にならない限りは
死ぬまで、いや、死んでも治らないものなんですね。
今更ながら
自分は、気持ち良く変わろうとする人になりたいと
それを人生訓にしたいと
改めて思いました。
その方が
せっかくの人生、どれだけ気持ち良く生活出来る事でしょう。
私はもう、
誰かに 変わってもらうことは一切期待しませんし、
下手な事も言いません。
それは本人の課題ですし、
そのために 私が少しでも不愉快な思いをするのは損ですし。
自分が選んだ人生で、苦しんでいる人も
下手にアドバイスしないのが一番だと
つくづく学びました。
親切心が仇になり、相手には何の変化も起きないのですから、
全く無価値な足掻きなのです。
シリーズ終わり。