日頃より、日本女子体育大学ラクロス部への温かいご支援・ご声援、誠にありがとうございます‼️
25チーム主将のてるです。
1月に下級生が四送会を開いてくれて、その数日後に引退ブログを更新しましたが、まさかの反映がされておらず、、先日の卒業式でみんなが見れていなかったという事実を知りました。
なので内容はほとんど変わりませんが、今になって再投稿をさせていただいております🙇🏻
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まずは、25チームに引き続き携わってくださったコーチの皆様。
いっきさん、れなさん、山岸さん、ひさやすさん、くろさん、りとさん、ねねさん、まささん
一部昇格という結果で、恩返しをできなかったことが唯一の心残りです。
可愛げのない25チームだったかなと思います。
それでも、貴重なお時間を割いてグラウンドへ来てくださり、見捨てずに指導して下さったこと、本当に本当に本当に、ありがとうございました。
私が、4年間のラクロス部生活を通して感じて学んだこと、そして下級生へ残したいことは大きくわけて2つあります。
1つ目は
『当たり前に存在する日常はない』
ということ。
2つ目は
『本気となにか、仲間とはなにか』
そこへの拘りと厚さが、結果に全て繋がるということ。
(チーム全員で勝ちを掴み取った横国戦🔥)
まず1つ目について。
これまでのブログや四送会でも話してきましたが、
私は、毎日部活に行くという当たり前のことが当たり前にできない環境でした。
幼い頃から母子家庭で育ち、大学に入ってからは母と二人三脚で母の両親(私の祖父母)の家庭内介護がはじまりました。
祖父母の状態も年々悪化していき、帰宅したと同時にはじまる粗相の片付け...少し汚い話ですが疲れて帰った家の壁や床に便が撒き散らされている光景に黙って耐え続けるのは本当に悲惨で、言葉では表現し切れないような大変な毎日でした。
認知症の影響で起こる奇声や奇行にも毎晩対応しなければならなくて、、毎日5時台の電車で朝練に行かなくてはならない生活なのに、そんな中で夜なんて寝れるわけもなく、睡眠時間は2時間が平均でした。
そんな日々のストレスもあるのか、小中高と学校生活を休んだことが一度もない私でしたが、大学では通年基本的に微熱が出続け、37.5くらいでの練習はデフォになってました(?)
(無事合格できましたが、人生をかけた東京都教員採用試験も、38.0の熱を抱えながら受けました🤦🏼♀️信じられない..)
そんな過酷な毎日でも、どうしても
ラクロス部で4年間やり切ると決めた自分からは逃げたくなくて、なんとかここまで駆け抜けることができました。
そこでつくづく感じたのが、「当たり前」ってなんだろう、「普通」ってなんだろうってことです。
同じ、いや、私以上の大変さを背負いながら、毎日支えてくれた母には心から感謝しています。
(そんな母は、1年生の頃から4年間、リーグ戦全試合有給を使って観にきてくれました。それなのになかなかピッチに立てなくてごめんね。ずっと応援してくれて本当にありがとう。)
下級生は特に、26チームが始まってこのことを考えることが多くなったんじゃないかな?
コーチがグラウンドに来てくださること、一緒にできる仲間がいること、毎日ラクロスをできること、
あって当たり前のように感じる日常、それはなにひとつ当たり前ではないということ、決してこれを忘れないでください。
いまの環境に常に感謝を忘れずにね。
2つ目について。
ラクロスという、勝ち負けが出る勝負の世界で、どうしたら「勝つ側」になれるのか、特に4年生の1年間はずっと考えてきました。
残酷な話で、誰かの気持ちや想いだけではそれはどうにもならず、うまく言えないけど、"チームの質"のようなものが全て結果に出るなと感じました。
一人一人が、
どれだけ本気で、自分と仲間とチームに向き合ってきたか?
どれだけ本気で仲間になろうとしたか?
私たちの学年はここが足りなかったから負けた。
なんで?なんで?って最後負けた時思った人が多いかもしれないけど、私は正直「そうだよな。」って感覚だった。そんな感情になったことを含めて、すごくすごく悔しかった。
本気になること、仲間になること、それを1年間ずっとチームに投げかけてきて、チームみんなで取り組もうとしてはいたけど、そこが結局25の私たちの弱点で、不完全で、
私も含め4年全員それができていなかったんだと思う。だからチームとしてもここまでだった。
なにかを犠牲にするつもりで、命をかけるつもりで、大袈裟かもしれないけど、そのくらい本気でやってきたと胸を張って言える集団が、勝つべくして勝つチームなんだと思う。
勝つってことは、簡単ではない。
26チームを引き続き創っていく下級生たちは、
本気とはなにか?仲間とはなにか?
照れくささや妥協は捨てて、やるからには本気でここに向き合ってみてほしい。
25チームで感じたことをすべて、ぶつけてみてほしい。
正直、時間はありえないくらいかかるし、わかりあえる気もしなくなるような、途方な対話が必要。
でもその「対話」が、いちばん勝ちに必要だったってことを、今になって本当の意味でわかったよ。
私たちOGはそんながむしゃらなみんなをみたいです。そんなみんなを応援したいと思います。
困ったらいつでも頼ってね。
さいごに....
同期
私たちの代は「上手い代」と言われ続けてきた。
それは紛れもなく、入部当時からみんなが努力を重ねてきたから!
でも私個人としては、試合に出たのも4年生から、ユニフォーム着れることだって毎試合新鮮でならなかった。(練習試合もちゃんと出れるようになったのは4年生からだったな🥲)
そんな中同期のみんなはほとんどが2年生の頃から?試合というものを経験してきてて、上手でカッコよくて、私とは違う世界にいると思ってた。一人になりたい時間がほとんどで、みんなの顔を見たくない日が多かった。自主練も一緒にやるのがこわくて、一人でこっそりやるようなダメな選手だった。
それでもてるの強みを信じてくれたり、一緒にアピールできるプレーを考えてくれたり、置いていかないでいてくれる仲間がいることがすごく嬉しかった。何度もその優しさに支えられた。
結局さいご、私たちは仲間にはなりきれなかった。
けど、一人一人がラクロスに本気だったこと、一人一人がもがいてここまできたこと、それは紛れもない事実だと誇っています。
みんなが同期で辛いなと思ったことも正直多かったけど、みんなが同期だから私はここまで本気になれた!本気の世界を教えてくれてありがとう。
(同期12人+HCいっきさん😘)
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私は4月から念願の
東京都の教員として、保健体育の先生になりますが、ラクロス部で学んだことをすべてぶつけて、精進して参ります💪🏽😊
(ひっそりと、ラクロスという競技を広めたいなという野望も抱いています笑)
日女体ラクロス部が、
「本気を楽しむ集団」になれる日を願って
私の引退ブログは締めさせていただきます🙂↕️
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
これからも日本女子体育大学ラクロス部をよろしくお願いいたします。


