つれづれ
神戸では、あるスタンド蕎麦屋に寄ることが多い。
ある人が働いているからだ。
阪神大震災当時の同僚。
とは言っても、母親くらいの方で、お婆さんになっている。
食べに行って偶然解ったのだが、先方は気づいていらっしゃらない。
震災時、年配の社員が多く在籍した会社で、その中の一人だったのがKさんだ。
当時、営業もそうだが、人生すらどうなるか解らない状況で、不安な共同生活を送っていた。
お世話になった経営者は、本当に素晴らしい方だったが、震災による商売への影響が確定してないにも関わらず、給料の支給を決めてくださった。
それを受けて、何をすべきか=どう立て直すかと会社を案じ想像することが出来た。
Kさん達年配層は、支給の決定が出るまで、会社や経営者と我々は違うといった言動が多かった。
年齢や家族の事を思えば、致し方ないところもあるのだが、独り身の私には少々我儘に思えた。
快く思えなかったのだ。
復興する中、会社が生まれ変わる過程で、彼らは会社を去ることとなる。
あれから随分時が経つ。
現在の私は、頑張れるものが頑張れば良い。
ギリギリであっても適材適所というのはあるし、それぞれの得手不得手はあると思っている。
若かった私は、少々強引なところや±に拘るところがあった。
年配者が会社を去ることに対して、リストラということが頭に浮かんだりもした。
人に対する配慮や思いやりが足りてなかったと思うこともある。
実際、血の入れ替わりがあって、会社のスピードは一気に加速し、良い結果も出た。
出たのだが…
随分経って袂を分かち、違和感を感じたその正体が、段々解ってくるようになる。
そして、それを忘れないでいよう、無くさないでいようと心に留めている。
そんな時にKさんを見つけた。
店に入って、おとなしくかけそばを頼み、特段Kさんの顔を覗き込むこともなく、黙々とかけそばをすする。
ご馳走さまと言う声の内側で、頑張ってくださいと呟く。
声をかけることはおそらく無いだろうが、あと10年位はこの店に通うんだろうなぁ。