その後
私の両親は、二人揃って大きな震災や台風に見舞われた家に育った。
なんの因果か、私もこれまで多くの災害に巻き込まれてきた。
大きく移動するたびに、引き寄せられるように不運に会うのだ。
平成5年夏鹿児島県豪雨災害、いわゆる8.6豪雨では、判断の大切さを学んだ。
水没した町を見て本能的に恐ろしくなり、未来が閉ざされる気持ちになった。
それ以上にそこから、人生が変わった人間も多くいたことがショックだった。
これまで、多くの災害の場に翻弄された人生だった。
それでも、現在までなんとか生きてこれた。
今は考えられなくても、いつか前を向ける日がやってくることを、私は知っている。
生きている限り、未来は訪れる。
そして、それが転機になり、その経験が財産となった。
財産になるように、生きてきたのだ。
今回の大きな災害に、私が何を出来るか?と自問自答している。
独りでは小さな力でも、力を合わせれば何かが出来ると思う。
被災者の方々に頑張れなんて言葉が、励ましにならないことを知っているからこそ、喜んでもらえる事をしたい。
アイディア
多くのホールは人手不足で悩まされている。
寮完備のホールは、期間限定で、契約社員や契約パートで、業界の被災者の方々に、雇用の受け皿を作れないものか。
町が壊滅し何も出来ない状況で、仕事が無い辛さは、将来への希望も見失う場合がある。
また、そんな状況を経験した人間の頑張りは、理屈を越えた物凄いものがあります。
受け入れた企業さんには、必ず多くの+効果があると思います。