三年前の私は、何を思って音楽を志したのか
何のために音楽をしているか
私は、それを常に念頭に置いて考えている
いや、いたつもりだった だけだった
それが最近の私の表現する音楽の 中途半端さ の原因だった気がする
なんだろう
私は今、木星みたいなもんなのかな と思う
私が辺りを照らそうとしていたのに、
気づけば今の現状は
人を励ますどころが、辺りの人々にMIDは照らされている
ライブをすれば、
見に来てくださる方々
来れなくてもそれぞれの場所から応援してくださる方々
たまたま居合わせ聞いてくださる方々
私はそれぞれの方々にパワーを送るために音楽をやっているのに
逆に励まされ力を貰って
つまり、木星って本当は太陽になるはずだったのになれなかった
でも、結局本物の太陽の方に照らされて
恒星として、一応輝いてはいるじゃない??
それと似ている気がしたのだ。
ふつう夜空に輝くキラキラしてる星はね
殆どが自分で燃えて光ってる。
でも、恒星はすごく丸く綺麗に輝くけど、自分の力では輝けない。
火星も水星も木星も金星も同じ。
だったら同じ、輝かされてる存在でも
地球から見たら、月の方がよっぽど存在感はあるけど
それを目指せばいいかってそれも違う。
まあ違う観点からすれば、
地球に対して引力で波を引き起こしたりと、
多大な影響を及ぼすような
そんな月を目指すのも悪くないけど
今、考える光に関してだけで言えばね
私は木星みたい…そんな一見美しく聞こえるように言ってさ
それでいいのかな??
それが音楽家として普通なのか??
いや、それに甘えてちゃいけない。
私はどうなりたいのだろう と、今さっき考えていた。
私はこうしようと思っていることが明確にあるつもりでも
それを保ち続けると日に日にそう思うことが当たり前になって
なんだろう
そうやって思うことに慣れてしまって
慣れてしまってね
私はこうでありたい!!と思う人物がいる。
それは音楽家としても人としても、
この人になりたいって憧れというより
感覚的なものに対して
こうなりたい!!ってことで
わかりやすく言うとさ
コーヒー屋さんの前通ったら、看板見る前に
「あ、コーヒー屋さんかな??」
って思うじゃない??
多分、布団屋さんだとは思わないと思うの
雰囲気的な、香り的な色んな要素があってさ
名前とかじゃなくて
オーラのようななんていうか…
うーん、わかりにくいねこの例え 爆
楽器持っても持たなくても
MIDっていう生き物が放つ
色みたいな味みたいな雰囲気みたいな
そんなものが今は
無い と断言して良いと思う。
ネガティブとかじゃなくて
それが今の結果なんだ
そして、今ね
今さっきね
その「こうなりたい」と思う人の音楽を聞き返してみた。
この人の音楽を求めるとき
私はどんな気持ちだったのだろう
あのとき、あの場所で
どんな気持ちで聞いていたのだろう。
私の音楽を日常の中で聞いてくださってる方に、
「なぜ、私の音楽を聞いてくださるのですか?」
と、聞いたときに
とても身に余るお言葉を頂いて、むしろ申し訳ないくらいで
でもね
結局シンガーソングライターって、
誰かの手元に届いて、その方なりに解釈していただいて
初めてその曲が意味を持つ そんな気がするのね
いや、シンガーソングライターがこういうものだ!!って
勝手に大風呂敷広げて音楽を語るわけじゃなくて
MIDはそういうふうに、音楽ってものを解釈しているの
だから、たぶん私が「こうでありたい」と思ったあの方は
あの方の音楽を私が聞いていた時に感銘を受けたことと
多分共通しないことを考えながら、
想像もつかないくらい
高い境涯で音楽を表現していたのだろうと、おもう。
そう
私はそうでありたいの
目をつぶって作った粘土細工を、
手のひらで形を感じるけれど
自分の目ではその実体を見ることなく
手探りで
その場にあった沢山の絵の具で色つけをして、
その場にあった沢山の小石で飾りつけをして、
最後まで目をつぶったままラッピングして、プレゼントを渡しに行く。
そのプレゼントを受け取った相手がそのリボンをといて
初めて、その小石が宝石で、絵の具が虹色に輝いてるっていうことを知るような
そういう音楽を、私もできたらいいなって。
もしかしたら、自分が一番自分の音楽をわからないんじゃないかって
それをよくないという人も、間違いなくいると思う。
だから私は、音楽家が「こう」です と語るわけじゃなくて
MIDという生き物が「こう」でありたい ってことを
改めて、再認識したのでした。
そう
つまり何が言いたいかっていうと
ただの独り言です。
笑
何のために音楽をしているか
私は、それを常に念頭に置いて考えている
いや、いたつもりだった だけだった
それが最近の私の表現する音楽の 中途半端さ の原因だった気がする
なんだろう
私は今、木星みたいなもんなのかな と思う
私が辺りを照らそうとしていたのに、
気づけば今の現状は
人を励ますどころが、辺りの人々にMIDは照らされている
ライブをすれば、
見に来てくださる方々
来れなくてもそれぞれの場所から応援してくださる方々
たまたま居合わせ聞いてくださる方々
私はそれぞれの方々にパワーを送るために音楽をやっているのに
逆に励まされ力を貰って
つまり、木星って本当は太陽になるはずだったのになれなかった
でも、結局本物の太陽の方に照らされて
恒星として、一応輝いてはいるじゃない??
それと似ている気がしたのだ。
ふつう夜空に輝くキラキラしてる星はね
殆どが自分で燃えて光ってる。
でも、恒星はすごく丸く綺麗に輝くけど、自分の力では輝けない。
火星も水星も木星も金星も同じ。
だったら同じ、輝かされてる存在でも
地球から見たら、月の方がよっぽど存在感はあるけど
それを目指せばいいかってそれも違う。
まあ違う観点からすれば、
地球に対して引力で波を引き起こしたりと、
多大な影響を及ぼすような
そんな月を目指すのも悪くないけど
今、考える光に関してだけで言えばね
私は木星みたい…そんな一見美しく聞こえるように言ってさ
それでいいのかな??
それが音楽家として普通なのか??
いや、それに甘えてちゃいけない。
私はどうなりたいのだろう と、今さっき考えていた。
私はこうしようと思っていることが明確にあるつもりでも
それを保ち続けると日に日にそう思うことが当たり前になって
なんだろう
そうやって思うことに慣れてしまって
慣れてしまってね
私はこうでありたい!!と思う人物がいる。
それは音楽家としても人としても、
この人になりたいって憧れというより
感覚的なものに対して
こうなりたい!!ってことで
わかりやすく言うとさ
コーヒー屋さんの前通ったら、看板見る前に
「あ、コーヒー屋さんかな??」
って思うじゃない??
多分、布団屋さんだとは思わないと思うの
雰囲気的な、香り的な色んな要素があってさ
名前とかじゃなくて
オーラのようななんていうか…
うーん、わかりにくいねこの例え 爆
楽器持っても持たなくても
MIDっていう生き物が放つ
色みたいな味みたいな雰囲気みたいな
そんなものが今は
無い と断言して良いと思う。
ネガティブとかじゃなくて
それが今の結果なんだ
そして、今ね
今さっきね
その「こうなりたい」と思う人の音楽を聞き返してみた。
この人の音楽を求めるとき
私はどんな気持ちだったのだろう
あのとき、あの場所で
どんな気持ちで聞いていたのだろう。
私の音楽を日常の中で聞いてくださってる方に、
「なぜ、私の音楽を聞いてくださるのですか?」
と、聞いたときに
とても身に余るお言葉を頂いて、むしろ申し訳ないくらいで
でもね
結局シンガーソングライターって、
誰かの手元に届いて、その方なりに解釈していただいて
初めてその曲が意味を持つ そんな気がするのね
いや、シンガーソングライターがこういうものだ!!って
勝手に大風呂敷広げて音楽を語るわけじゃなくて
MIDはそういうふうに、音楽ってものを解釈しているの
だから、たぶん私が「こうでありたい」と思ったあの方は
あの方の音楽を私が聞いていた時に感銘を受けたことと
多分共通しないことを考えながら、
想像もつかないくらい
高い境涯で音楽を表現していたのだろうと、おもう。
そう
私はそうでありたいの
目をつぶって作った粘土細工を、
手のひらで形を感じるけれど
自分の目ではその実体を見ることなく
手探りで
その場にあった沢山の絵の具で色つけをして、
その場にあった沢山の小石で飾りつけをして、
最後まで目をつぶったままラッピングして、プレゼントを渡しに行く。
そのプレゼントを受け取った相手がそのリボンをといて
初めて、その小石が宝石で、絵の具が虹色に輝いてるっていうことを知るような
そういう音楽を、私もできたらいいなって。
もしかしたら、自分が一番自分の音楽をわからないんじゃないかって
それをよくないという人も、間違いなくいると思う。
だから私は、音楽家が「こう」です と語るわけじゃなくて
MIDという生き物が「こう」でありたい ってことを
改めて、再認識したのでした。
そう
つまり何が言いたいかっていうと
ただの独り言です。
笑