「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい・・」
これは、往年の「丸大ハム」のCMの言葉通りの気持ち、「親心」の話である。
木曜日。藤島住宅の定休日。
折しも息子(長男)の夏休みが始まった。
私は持病の腰痛が悪化し、休日は横になっていたい(正に横に。仰向けやうつ伏せでは腰痛が悪化する)のであったが・・。
この日は妻の自宅での仕事が大忙し。「外出命令」が通達。
「じゃぶじゃぶ池でも行ってくれば!」と妻。
子供たちはヨロコンでいる。(昨日、水遊び道具を買ったばかりだからね)
「現在曇り空」「午後雨模様」「腰痛」を主張も、「却下」⇢ 午前9:00、「即出動命令」が下る。
(腰痛は心配してくれたけどね・・)
さいたま市緑区大崎公園の「ジャブジャブ池」だ。
公園の駐車場に到着。
そこから「池」までの移動は大した距離ではないのだが、途中で息子たちの寄り道がひどい。
「モンシロチョウを捕まえたから見に来い」と大分後方から叫んでいる長男(7歳)。
「虫、虫」と地べたを這う名も知らぬ小さな昆虫を指差して私を呼ぶ次男(2歳)。
「ジャブジャブ池だろーが!今日はよー!昨日買った水鉄砲やりたくないんか!」
予想外に顔を出した太陽の日差しに照らされながら、苛立つ気持ちを隠せない私(48歳)の今日の物語が始まる。
やがて、「ジャブジャブ池」を視界に捉えた次男が急に駆け出す。
「モンシロチョウ」を捕らえた長男を大声で労いながら、私は次男の後を追う。
次男は、ゴツゴツとした岩に囲まれた「ジャブジャブ池」への侵入に戸惑いながらも、公園の遊具で鍛えた「探り降り」を駆使して入水。
ほどなく長男も駆け寄ってくる。
昨日買ったばかりのデカイ水鉄砲(ロケットランチャー風)の出番だ。
弾(水)の装填がまだうまく出来ない長男を手伝いつつ、グングン水の中を歩き出す次男から目が離せない。
私は近年まれにみる腰の痛みに耐えながら、乱暴ながら長男に装填のコツを伝授し、次男の後を追う。
水の中ではビーチサンダルが脱げそうで歩き辛い。
ここで、分かっていたことだが、長男の標的の問題だ。
当然、私だ。
腰の痛みがなければ、私も男の子の父親らしく相手してやるところだが、いかんせん腰の痛みがそれを許さない。
それでも私は、波打ち際でする「水かけっこ」の要領で、足元の水を長男に向かってすくい投げて反撃をする。
しかし、当然長男が満足するような戦闘力をキープできない。
せっかくの休日にこれでは、やはり長男が可哀想である。
それでも楽しそうに私に攻撃を続ける長男。
すると、長男次男と同年代の兄弟が歩み寄ってきて私に言った。
「一緒に遊んでいいですか?」
カナリア色のラッシュガードを着た「お兄ちゃん」の申入れに私は一瞬「ナイス!」と事態の好転を予期したが、同時に更なる「メンドー」が私の身に降り掛かっているようにも感じていたのだった。
カナリア色の少年は当初、弟を次男と遊ばせたいという天晴な「お兄さん精神」の様子であったが、ほどなく長男と一緒になって私を攻撃し始める。
私が「水鉄砲は持っていないのか」とカナリア色の少年に尋ねると、すかさず彼はこう言った。
「そんなものはいらない」と。
そして一旦陸に上がると、高々とジャンプして水の中に勢いよく両足を着地させる。
大量の水しぶきがクラスター爆弾のように四方へ飛び散る。
「こうすればいい」と彼。
「むむ。不敵なやつめ」
元気のいい彼の登場で、私は子供たちと思いっきり遊んでやりたくなっていた。
ただ、今回の腰痛はそれを許さない痛みを伴うものであり、私はやるせない思いでいっぱいだった。
そんな私のセンチメンタルもつかの間、長男とカナリア少年の攻撃は止まない。
センチメンタルの吹き飛んだ私は、もう100%「イラダチノヒト」となり、「子供同士でやってくれよ」などと、完全に子供たちを厄介者扱いしていた。
しかし、それと同時に私は、ある作戦を思いつき、実行に移すべく「ジャブジャブ池」一体を見回していた。
全長100mで蛇行する「ジャブジャブ池」の周囲の中で、ひときわ目立つ小学校高学年くらいの二人組(恐らく兄弟)がいた。
全身黒ずくめのラッシュガード+パンツに身を包み、我が息子が持つそれより明らかに性能の良さそうなロケットランチャーと背中にタップリの弾(水)を仕込める持久型の水鉄砲を携え、他の子供たちを圧倒するように「ジャブジャブ池」全体を駆け抜けて戦闘を繰り広げている。
私は作戦を実行に移すチャンスをうかがっていた。
そしてやがて、そのチャンスが訪れた。
いかにも「ヤンチャ」なその黒の兄弟がちょうど、向かい合う私と息子たちの間に挟まれるように入ってきた。
黒の兄弟は私に背を向けている。
私は息子たちに合図を送る。
背を向けている黒の兄弟を指差して。
「やっちゃえ!」
「こいつらを撃て!」
もちろん、声には出さない。
精一杯、大げさなジェスチャーで黒兄弟の背後から
「撃て!」
「こいつを撃て!」
私は、体のデカイお兄ちゃんの方を指差す。
だが、土台無理な注文である。
ましてや、引っ込み思案である私、その息子である。
奇襲をかけることはなく、再び私に向かって攻撃する。
黒少年たちは戦線を移動させていく。
しかし、私はあきらめたくない。
昔、自分では出来なかったくせに、息子にはやらせたい。
私は、長男とウグイス色の少年に訴えかける。
「やってみなよ」
「きっとやり返してくるよ」
「きっと、遊んでくれるよ」
「やっちゃえよ」
息子は「やってみたい」という様子を見せつつも、モジモジしている。
当然だ。
もうこれ以上は言うまい。
あきらめかけたその時、
「じゃあ、あの人達に攻撃したら、おじさんに攻撃していいですか?」
ウグイス色の少年が私に提案する。
「あ、ああ。いいよ。」
(なんかバランス悪い交換条件だな)と思いつつ、期待値が高まる。
「行こう」とウグイス少年が長男を誘う。
長男がモジモジしていると、あの黒少年の戦線がまた我々のところに移動してきた。
周囲が混乱状態となったため、私は腰の痛みに耐えながら体をかがめて、足元の次男をかばった。
ふと、見上げると、長男が黒のお兄ちゃんに向かってロケットランチャーを放水していた。
「なんか、攻撃受けてんだけど」
黒のお兄ちゃんはいかにも余裕で、そして周囲に「どういうことだ?」と訴えかけるように真顔で言った。
(まずい、怒るか?)
私は耐えきれず、「俺の息子だ。遊んであげてくれ!」と大人の誇りを保ちつつ、精一杯の笑顔で懇願する。
そんな私の気持ちを察してか、それとも「嫌いじゃない」のか、黒のお兄ちゃんは例の高性能ランチャーの飛距離を自慢しながら、息子に反撃を開始した。
(ありがとう、黒の少年!)
私は久々のヒリヒリ感に興奮していた。
一安心した後、しばらく私が次男の方に集中していると、長男と黒のお兄ちゃんがやけに接近している様子が目の端に写った。
見上げると黒のお兄ちゃんが長男にデコピンを食らわしている。
私はその様子を見て、「あ、罰ゲームか!」と察したつもりで言ったが、
「いや、別に。物理的に攻撃してるだけ」とつまらなそうに彼は返事した。
「ああ、そうなの」と私もつまらなそうに一応返事をした。
(物理的攻撃なんていう言い方がなんだか大人びているなあ)と感心しつつ、(水鉄砲も物理的だよな)という言葉を呑み込むのであった。
聞けば、彼はボクシングを習っているそう。
「本気出したらボコボコですよ」と誰にともなく言った彼に私は、
「ボクシングやってるなら、一般人に手を出しちゃダメでしょ!」と反論。
彼はそれを無視して、また前線に戻って行った。
(やっぱちょっと怖そうなやつだな)と、事の後で冷や汗をかく私であったが、その分、息子の武勇を褒めてあげたい気持ちが高まっていくのであった。
またしばらく次男の相手をしていると、遠くで長男の大きな声がしたような気がした。
声の方を振返ると、「黒の兄弟とその仲間たち」に混ざって、長男とウグイス色の少年が遊んでいるのが見えた。
後で、長男が「友達が出来た」と嬉しそうに言っていたから、さぞや楽しかったのだろう。
そして、いつの間にか次男にも「遊んでくれる青いお兄さん」が登場していて、かと言って私が目を離すわけにもいかず、
(今日は息子たちが飽きるまで付き合うことになりそうだな。)と、あきらめのような気持ちの中を漂いながら、ジャブジャブ池の「冷たい水」と「心地よい気分」に浸っているのであった。
おわり