
<あらすじ>
一部の人にはシェアしましたが、セドナの満月から十一月の新月の祈りが一貫性をもって顕著に違いを表した経緯を伝えたいと思います。
一つには満月での手放しとその状態を維持しての新月の祈りが表裏一体であること、もう一つは恩恵とはその人の存在理由に対して意味を持っていることに気づいたということです。
<本編>
今年の10月、セドナでへのツァーに出発する直前、税務署から調査をするという通達を受けました。
わかりやすくするためにセドナから帰ってからの結果から言えば360万円の追徴税を課されました。
しかし、セドナに行ったときにはまだその決定には至っておらず、単に不安を持っていたということです。
満月は手放しの機会と言いますが、セドナでムーンダンス(満月に対応して行われた)に参加したあとどこからともなく「払うべきは払いなさい、そうすれば受け取るべきものを受け取ります」という声を聞きました。
それはそうだ…と思いました。
日本に帰ったら調査が行われ、前述のように360万円というちょっと今のわたしにはしんどい金額が提示されました。
しかし、これは脱税とかの問題ではなく世界不況の結果、しようとしていたことがまだ形として実行されていなかったことを法的にとがめられたということです。
説明とか弁明をしましたが、国家的な税収の不足もあり「お気持ちはわかりますが…」と断られました。
その前後、尚さん主催のトランスフォーメーションゲームのトレーニングに参加しこのことをシェアし、みんなから励ましの言葉をもらいました。
特にマリリーナさんから「それは通過儀礼のようなもの、さっさと払いなさい」と言われたのが心に響きました。
内心、わたしも値切ろうとか免れようとかする気持ちはなくなっていました。
しかし、まあ年収を考えても大きなお金、フゥーっとため息も出ます。
そして税務署から最終の面談の通知が来ました。
そこで税務署の責任者も立ち会って詳しい額を決め、了承すればすぐに払うことになっています。
不服の場合は審査請求し裁判になるとか…
その前夜が奇しくも新月…わたしが金銭的にあるいはその他の事情で危機にあるとき、必ず助けてくれる慈母観音のような守護天使のような存在の某Pがこのときもお金はとりあえず立て替えてあげるが…「よく新月のお願いをしなさい」と言いました。
そこでわたし流に家のサンクチュアリの前で新月のお願いをして「払うべきは払いますが、なんとかうまく払えるようにお願いします」と頼みました。
わたし流はそこで柏手を打つのですが、わたしは柏手が下手でいつもべチャッべチャッというような音がします。
然るにそのときはまるでプロの神主さんか巫女さんのような透き通ったすばらしい音色の柏手になりました。
これは聞き届けてもらえたか…金融公庫で借りるにしてもせめて60万勘弁してくれて300万円ぐらいになるといいのになあ…などと相変わらず下世話になりかかるのを、いやいやちゃんと払えばうんと次をくれると神がおっしゃっていたから値切らずに払おう…なんてもっと下世話に考えたり…
<肝心なところ>
翌朝は税務署に行こうとしていたところ、長女から電話が入り数十年前のある事態を説明することになりました。
それは仕事がうまく行かないから、どうしたらいいか?というようなことに対しての返答です。
わたしはあるとき仕事がうまく行かず行き詰っている時に相談する人もいなかったので大鏡の前に椅子を置いて自分と相談することにしました。
すると鏡に写っている人物はなんとも冴えない被害者丸出しのおじさんでした。
わたしは思わず泣き笑いになり、これじゃ仕事がうまく行くわけはない、こんな男と取引する人なんていないよね…と納得がいきました。
同時にこんな有様で必死に駆けずり回って何とか営業活動していた自分が可哀想やら愛しいやら…大泣きに泣きました。
ま、しょうがない、これが俺なんだから…と自分を受け入れられてその足で営業活動に行くと、なんとこの二ヶ月の目標がアッと言う間に達成できました。
つまり、ことを成すには自分がその扉を開ける鍵になることができるかどうか。
「こんな鍵なら開いてやってもいいよ~~」と扉が言っている、そんな人間に成れるかどうか。
そしてそれは自分を受け入れている自分になれるかどうか。
わたしはそんなことを言っている自分が今から税務署に、他人から見たらたいしたことではないかもしれませんが、重要な要件で出かけることを思い出していました。
税務署にショウアップしたわたしは傍から見てどんな人物だったのでしょうか?
かなり、事態と自分を受け入れていたとは思います。
結果、担当の調査官と上司の人と面談し途中から急転して大半の税を免除されました。
翌日はアートセラピーで熊本の暢子さんちにさらに北海道の知子さん、紀子さんちに飛ぶ日でしたが羽田でその手持ちで払える程度の税を殆ど夢見心地で払いました。
<振り返り>
セドナで『自分を証明するものは過去にした偉業でもあるいは過ちでもなく、たった今のその人だけがその人のなんたるかを示している』という気づきを得ました。
そのことを実習として具体的に実行した気がします。
また恩恵はわたしの場合について言えば、成長しようとしてこの世にいるならば自分の変容を通して事態の変容を計ること…をあらためて気づくことでした。
また某Pの「新月にお祈りしたらどう…」の言葉や長女からの電話が宇宙からの回答と今では解釈しています。
<読破に感謝>
長文お付き合いくださってありがとうございます。
わたしのご縁の方が、きっとわたしと近いところにおられると思いあえて文章化しました。
なにかのご参考になれば幸いです。