ロバート・ウィルソン(bob wilson)氏には、演出家の中でもとりわけ敬意を感じてきた。
氏が演出したものは演劇でもオペラでも壁を感じることがなかった。非常な精密さで文学と身体と空間と音が完全に一つになるまで作り込まれた舞台にはイメージというか想像力というものへの信頼が深く感じられ、こういうものなら世界中の人が同じように楽しめるのではないか、と思えた。古典的な題材を扱っていても斬新なので、歴史とか既成の文化からも自由になれる気がした。
特別よく覚えているのが20年ほど前に有楽町の国際フォーラムで上演された『ヴォイツェク』で昨日のことみたいだ。現代劇の代表格と言えるほど有名だが難しい演目、ゆえ沢山の人が手掛けるのだが、観た中で一番ストーリーや人物が身近に感じ胸に迫った。会場が広すぎて舞台との距離が遠いのに細部まで見えるように出来ていて俳優の息遣いまで迫ってくるように感じた。いつも急いでいて生計のことで頭がいっぱいになっている人が次第に大切なものを失い自らも壊れてゆく、その様子の生々しさや社会そのものが何かに巻き込まれて崩壊してゆくような感じが、広すぎる会場ゆえにかえって強調されてゆくようにも感じた。ベルクの名曲ではなくトム・ウェイツが全く新たに作曲した音楽は出演者の呼吸とともにドラマを等身大に生まれ変わらせ美しく感動的なのに恐怖に満たされる体験だった。
金曜に氏の訃報を知った。喪失感が深い。
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