
新しいソロ公演のリハーサルがはじまった。
稽古をはじめると、それまで思っていたことが、いったん白紙になってゆく。
そして現場で出てきたものだけが、たよりになって踊りがはじまってゆく。
ひとつ舞台が終わったらすぐ、やりたいことが次々に出てきてしまう。
しかし、こんなことがしたい、あんなことを表してみたい、と山のように思い描いていたことの大抵は稽古の中でひびが入る。
勝手に壊れることもあれば、金槌で叩いたように粉々に壊してしまうこともある。
思考回路が変わるのだろう。あるいは、うごく、ということが自然にそうさせるのかもしれない。
夢や妄想には肉体が伴っていない、ゆえにエネルギーも通わないのだろう。
だけど、何かが壊れたり崩れたり、ということをはじめるのは、決してマイナスばかりではないと思う。
壊れることも、崩れることも、一種の運動なのだから、それはなにか別のものがハタラキを始めている証しなのだと思う。
肉体の運動とか物理的なことから、つまり、現実の力への没入から、ダンスの時間やダンスの空間やダンスの言語が始まってゆく感じがある。
ダンス作品を生み出そうとする行為は僕の場合は解体作業を経て生き直そうとすることに近いのかもしれない。
生み出す力そのものが、古い心が解体されないと湧いて来ないのかもしれない。
まず白紙に。
そうなってはじめて、何か、形容しがたいものが身を揺すり震わせ始める。
揺され、震わされ、拝むような気持に達したとき、はじめてひとつだけ「振り」が出てくるように思う。
ここからは、連日うごきまくるしか、ない。
どんな舞台を生み出すことができるのだろうか。
上演は春、4/6と7の土日。
【ダンス公演情報】