フリークラスで、とてもいい時間を過ごした。
一人一人の人が動きをさぐり、踊りになってゆく、そのプロセスがとてもデリケートで素敵に思えた。
レッスンをしながら思った。
踊る、というこの一言から連想することはさまざまだと思うが、
それは、心を静かにしてゆくことと、とりわけ深く結びついているのではないかと、、、。
何度も何度も思ったが、きょうもまた思うのだった。

さまざまな響きに耳を傾けること。
内側の声に耳を傾けること。
そのような、開放性が、運動する身体には現れてくると思う。
そのためには、まず動かなければならない。
動きに専念すればするほど、無邪気に近づいてゆける。
身体の動きと心の動きは確実に結びついている。
身体の状態は心の状態と相互にかかわり合っている。
さまざまなこわばりをとって、すこしずつ、からだのすみずまでを運動で満たしてゆこうと、
まず試みてゆくしかない。
心配ごと
情報
迷い
見栄
考えすぎ
とか、とにかく邪念というやつを燃やしてゆくハタラキが、踊りに集中する身体の奥から出てくるようにも思う。

心の中を、透明にすること。
聴くことが、感じることが、うごきに直接結合しているような身体。
それは、身体が速度そのものになる、ということかもしれない。
ひたむきに動きつづける時。
それは、本当にうれしいことは何か、本当にかなしいことは何か、自分というものはどんなものなのか、
というようなことを掘り下げてゆく時でもある。
体を動かすには、やはり心の動きが必然なのだから、
ひたむきに動くということは、感情も思考も非常に燃焼するのだ。
激しいかどうかではない。おだやかに燃える火もあるのだから。
ひたむきに動きつづけるとき、
そのとき、ふと静けさが訪れることがあるのだ。
静けさは拡がりでもあると思う。
静けさの中には心の言葉があるとも思う。



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Stage
櫻井郁也ダンスソロ新作公演『白鳥』9/29.Sat.~30. Sun. 2018
Sakurai Ikuya dance solo "SWAN"
29th and 30th Sept.2018 at plan-B Tokyo


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