月は乱想を誘う。
誘いながら見つめているようでもある。
月の下で踊るのは少し怖い。
あの銀色の光といっしょに怖いものが身体に侵入するのではないかと理由もなく想う。
月といえば思う踊りは幾つもあるのだけど、なぜかはわからない、景色や光に関係しているわけでもない、たましいか。
たとえばサロメの踊り。ヨハネの首をちょうだい、というアレだ。
試みても未だ出来ない。だから他人のサロメが良いと腹がたつが、やはり感動してしまう。
最近では少し前にみたヴィム・ ヴァンデケイビュス振付のが凄かった。サッパリとした女性、いまの都会の顔・服・雰囲気、それが舞のさなかで一瞬に狂う。本当に狂ったと感じたが、その瞬間が異様に人間的だった。舞台にはずっと月、その満ち欠けが何やら怖い。惨劇だった。現実感が半端なかった。
同じサロメでも、もっと凄かったのはパゾリーニ演出のサロメ、前に書いたが、こちらは無垢なればこその悪霊というか、ちがう、僕の言葉はまだ描写する力を持っていない。
別の踊りで、大野一雄さんの夢十夜という会が中野で数夜かけてあったのだが、これも勝手な幻想で月夜に思い出すことたびたびである。何日目か忘れたが、ある夜、喇叭と肉体がジャズに突撃するような感じでものすごい勢いの踊りがあって、当然ちがうのに氏がサロメにダブって困った、むかしのマリー・ヴィッグマンてこんなだったのだろうか、なんて幻想した、そんな記憶もある。
そういえば、ヴィッグマンの有名な魔女の踊りのフィルムを見たときも月夜を感じた。
それらの記憶が時々に月に関係する、つまり、血に、つまり生理に、月は踊りは、、、、、、。
とりあえずいま、十五夜である。
誘いながら見つめているようでもある。
月の下で踊るのは少し怖い。
あの銀色の光といっしょに怖いものが身体に侵入するのではないかと理由もなく想う。
月といえば思う踊りは幾つもあるのだけど、なぜかはわからない、景色や光に関係しているわけでもない、たましいか。
たとえばサロメの踊り。ヨハネの首をちょうだい、というアレだ。
試みても未だ出来ない。だから他人のサロメが良いと腹がたつが、やはり感動してしまう。
最近では少し前にみたヴィム・ ヴァンデケイビュス振付のが凄かった。サッパリとした女性、いまの都会の顔・服・雰囲気、それが舞のさなかで一瞬に狂う。本当に狂ったと感じたが、その瞬間が異様に人間的だった。舞台にはずっと月、その満ち欠けが何やら怖い。惨劇だった。現実感が半端なかった。
同じサロメでも、もっと凄かったのはパゾリーニ演出のサロメ、前に書いたが、こちらは無垢なればこその悪霊というか、ちがう、僕の言葉はまだ描写する力を持っていない。
別の踊りで、大野一雄さんの夢十夜という会が中野で数夜かけてあったのだが、これも勝手な幻想で月夜に思い出すことたびたびである。何日目か忘れたが、ある夜、喇叭と肉体がジャズに突撃するような感じでものすごい勢いの踊りがあって、当然ちがうのに氏がサロメにダブって困った、むかしのマリー・ヴィッグマンてこんなだったのだろうか、なんて幻想した、そんな記憶もある。
そういえば、ヴィッグマンの有名な魔女の踊りのフィルムを見たときも月夜を感じた。
それらの記憶が時々に月に関係する、つまり、血に、つまり生理に、月は踊りは、、、、、、。
とりあえずいま、十五夜である。